・・・ではその死後に受けとる二百円は一体誰の手へ渡るのかと言うと、何でも契約書の文面によれば、「遺族または本人の指定したるもの」に支払うことになっていました。実際またそうでもしなければ、残金二百円云々は空文に了るほかはなかったのでしょう、何しろ半・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・通知の文面は極簡単なもので、ただ、藤井勝美と云う御用商人の娘と縁談が整ったと云うだけでしたが、その後引続いて受取った手紙によると、彼はある日散歩のついでにふと柳島の萩寺へ寄った所が、そこへ丁度彼の屋敷へ出入りする骨董屋が藤井の父子と一しょに・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
野呂松人形を使うから、見に来ないかと云う招待が突然来た。招待してくれたのは、知らない人である。が、文面で、その人が、僕の友人の知人だと云う事がわかった。「K氏も御出の事と存じ候えば」とか何とか、書いてある。Kが、僕の友人で・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・時間から計ると、前夜私の下宿へ来られて帰ると直ぐ認めて投郵したらしいので、文面は記憶していないが、その意味は、私のペン・ネエムは知っていても本名は知らなかったので失礼した、アトで偶っと気がついて取敢えずお詫びに上ったがお留守で残念をした、ド・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ニアワテルカトオ思召シマショウガ、ソレハ明後日アタリノ新聞広告ニ出マス件ト、妹ノ方ノ件ト二ツノ急要ガアルタメデス、オユルシ下サイ 五日正午 緑雨の失意の悶々がこの冷静を粧った手紙の文面にもありあり現われておる。それから以・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・やっと返事が来たかと思うと、請求したくば、売り上げをもっと挙げてからにしろという文面だ。 そして、いきなり店員を遣って、支店長の外出中を襲わしめ、大事の商売を留守にして、外出とは何ごとか。それで支店長の責任が果せると思うのか。そんなあり・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・そしてちょっと不思議に感じられたのは、その文面全体を通じて、注意事項の親族云々を聯想させるような字句が一つとして見当らないのだが、それがたんに同姓というだけのことで検閲官の眼がごまかされたのだろうとも考えられないことだし、してみると、この文・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・そうして井伏さんから、れいの律儀な文面の御返事をいただき、有頂天になり、東京の大学へはいるとすぐに、袴をはいて井伏さんのお宅に伺い、それからさまざま山ほど教えてもらい、生活の事までたくさんの御面倒をおかけして、そうしてただいま、その井伏さん・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・さそうな顔をして部屋の隅の状差しに、その持てあました葉書を押し込んで、フンといった気持で畳の上にごろりと寝ころんでもみましたが、一向に形が附かず、また起き上ってその葉書を状差しから引き抜き、短かすぎる文面を小声で読んで、淋しく、とうとう二つ・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・その文面は、そのまんま或る新聞の文芸欄に発表せられた。 ――叔母さん。けさほどは、長いお手紙をいただきました。私の健康状態やら、また、将来の暮しに就いて、いろいろ御心配して下さってありがとうございます。けれども、私はこのごろ、私の将来の・・・ 太宰治 「新郎」
出典:青空文庫