・・・その代り料理を平げさすと、二人とも中々健啖だった。 この店は卓も腰掛けも、ニスを塗らない白木だった。おまけに店を囲う物は、江戸伝来の葭簀だった。だから洋食は食っていても、ほとんど洋食屋とは思われなかった。風中は誂えたビフテキが来ると、こ・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・それから私がお道楽、翌日は田舎料理を達引こうと思って、ついでにその分も。」「じゃ階下は寂しいや、お話しなさい。」 お民はそのまま、すらりと敷居へ、後手を弱腰に、引っかけの端をぎゅうと撫で、軽く衣紋を合わせながら、後姿の襟清く、振返っ・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・恥ずる処であった、恐らくは今日でも大問題になって居るまい、世人は食事の問題と云えば衛生上の事にあらざれば、美食の娯楽を満足せしむる目的に過ぎないように思うて居る、近頃は食事の問題も頗る旺であって、家庭料理と云い食道楽と云い、随分流行を極めて・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・隣りが料理屋で芸者も一人かかえてあるので、時々客などがあがっている時は、随分そうぞうしかった。しかし僕は三味線の浮き浮きした音色を嫌いでないから、かえって面白いところだと気に入った。 僕の占領した室は二階で、二階はこの一室よりほかになか・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「野菜料理は日本が世界一である。欧羅巴の野菜料理てのは鶯のスリ餌のようなものばかりだから、「ヴェジテラニヤン・クラブ」へ出入する奴は皆青瓢箪のような面をしている。が、日本では菜食党の坊主は皆血色のイイ健康な面をしている。日本の野菜料理が衛養・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 二人の百姓は、町へ出て物を売った帰りと見えて、停車場に附属している料理店に坐り込んで祝盃を挙げている。 そこで女二人だけ黙って並んで歩き出した。女房の方が道案内をする。その道筋は軌道を越して野原の方へ這入り込む。この道は暗緑色の草・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ちょうど、一軒の一品料理店の前に、赤い旗が下っていた。其の店頭に立っていた女に、『舞子の町は、何の辺ですか』と聞いた。女は淋しそうな顔をしていた。『町って、別にありません』 これが、舞子か……と私は、思っていたより淋しい処であり・・・ 小川未明 「舞子より須磨へ」
・・・ところが或日若夫婦二人揃で、さる料理店へ飯を食いに行くと、またそこの婢女が座蒲団を三人分持って来たので、おかしいとは思ったが、何しろ女房の手前もあることだから、そこはその儘冗談にまぎらして帰って来たが、その晩は少し遅くなったので、淋しい横町・・・ 小山内薫 「因果」
・・・見えたり、入口に地蔵を祠っている路地があったり、金灯籠を売る店があったり、稲荷を祠る時の巻物をくわえた石の狐を売る店があったり、簔虫の巣でつくった銭入れを売る店があったり、赤い硝子の軒灯に家号を入れた料理仕出屋があったり、間口の広い油屋があ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・あの鉄枠の中の青年の生活と、こうした華かな、クリスマスの仮面をつけて犢や七面鳥の料理で葡萄酒の杯を挙げている青年男女の生活――そしてまた明るさにも暗さにも徹しえない自分のような人間――自分は酔いが廻ってくるにしたがって、涙ぐましいような気持・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
出典:青空文庫