・・・自分はこの時こう云う寄附には今後断然応ずまいと思った。 四人の客は五人になった。五人目の客は年の若い仏蘭西文学の研究者だった。自分はこの客と入れ違いに、茶の間の容子を窺いに行った。するともう支度の出来た伯母は着肥った子供を抱きながら、縁・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・むしろ断然関係を断つ方が僕のためだという忠告だ。僕の心の奥が絶えず語っていたところと寸分も違わない。 しかし、僕も男だ、体面上、一度約束したことを破る気はない。もう、人を頼まず、自分が自分でその場に全責任をしょうよりほかはない。 こ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・けれども止むなくんばと、「断然離婚なさったら如何です。」「それは新らしき事実を作るばかりです。既に在る事実は其為めに消えません。」「けれども其は止を得ないでしょう。」「だから運命です。離婚した処で生の母が父の仇である事実は消・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・と松木が又た口を入れたのを、上村は一寸と腮で止めて、ウイスキーを嘗めながら「断然この汚れたる内地を去って、北海道自由の天地に投じようと思いましたね」と言った時、岡本は凝然と上村の顔を見た。「そしてやたらに北海道の話を聞いて歩いたもん・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・―もう白状してもいいから言うが――実は僕近ごろ自分で自分を疑い初めて、果たしておれに美術家たるの天才があるのだろうか、果たしておれは一個の画家として成功するだろうかなんてしきりと自脈を取っていたのサ。断然この希望をなげうってしまうかとも思っ・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ 然し止めてみたところで別に金の工面の出来るでもなし、さりとて断然母に謝絶することは妻の断て止めるところでもあるし。つまり自分は知らぬ顔をしていて妻の為すがままに任かすことに思い定めた。 朝食を終るや直ぐ机に向って改築事務を執ってい・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 或時は断然倉蔵に頼んで窃かに文を送り、我情のままを梅子に打明けんかとも思い、夜の二時頃まで眠らないで筆を走らしたことがある、然し彼は思返してその手紙を破って了った。こういう風で十日ばかり経った。或日細川は学校を終えて四時頃、丘の麓を例・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ そこで青年たちは断然相互選択にイニシアチヴをとって「愛人教育」をやる気でなくてはならぬ。素質のいい娘を見つけて、如何なる青年を好むべきかを教えこむのだ。偉大にして理想主義のたましい燃ゆる青年は、必ずしも舗道散歩のパートナーとして恰好で・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・佐吉さんも亦、其の日はいらいらして居る様子で、町の若者達と共に遊びたくても、派手な大浪の浴衣などを着るのは、断然自尊心が許さず、逆に、ことさらにお祭に反撥して、ああ、つまらぬ。今日はお店は休みだ、もう誰にも酒は売ってやらない、とひとりで僻ん・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・先生も山椒魚の毒気にあてられて、とうとう駄目になってしまったのではなかろうかと私は疑い、これからはもうこんなつまらぬ座談筆記は、断然おことわりしようと、心中かたく決意したのである。その日は私もあまりの事に呆れて、先生のお顔が薄気味わるくさえ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
出典:青空文庫