・・・ 生涯の大勢は構わないその日その日を面白く暮して行けば好いという人があるように、芝居も大体の構造なんか眼中におく必要がない、局部局部を断片的に賞翫すればよいという説――二宮君のような説ですが、まあその説に同意してみたらどんなものでしょう・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・ここに集められている旅行記は断片的だ。それに、書きかたが、多く、自分の古い技術のかたによって書かれている。つまり、まあ気取ってるのだ。 だから、パラッと頁をくって見て、買わない人もうんとあるだろう。自分は、こういうかたで書いた本はこれを・・・ 宮本百合子 「若者の言葉(『新しきシベリアを横切る』)」
・・・ また一九四一年にはいってからは、ほんの断片的な執筆しかなくて、それも前半期以後は全く途絶えてしまっているのは、一九四一年の一月から太平洋戦争を準備していた権力によってはげしい言論抑圧が進行し、宮本百合子の書いたものは、批判的であり、非・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・をかいた頃、作者は自分の見ているソヴェトの現実が、どんなに巨大な機構のうちの小さくて消極的な断片であり、しかも海岸の棒杭にひっかかっている一本の枝とそこについているしぼんだ花のような題材にすぎないかということは理解しなかったのである。 ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第四巻)」
・・・第一次大戦の惨苦のあとをまだまざまざと感じているヨーロッパの人々、特に青年はジャックの上に、自分たちの物語のいくつかの断片を実感し、不安に空気をゆすぶっている嵐の前兆に対して自分の青春の価値と意義を最も自覚のある方法で堅持しようとしたのであ・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・ ウウウウ ハアハア 胸はひどく波打って居た。 覚えとれ、鬼め。 ほんにほんに憎い女子やどうぞしてくれる、わしは子供の時からお主にひどい目に会わされてる。 断片的に、上ずった声で叫んだ。 その恐し・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・これは不断片附けてある時は、腰掛が卓の上に、脚を空様にして載せられているのだが、丁度弁当を使う時刻なので、取り卸されている。それが食事の跡でざっと拭くだけなので、床と同じ薄墨色になっている。 一体役所というものは、随分議会で経費をやかま・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・生の美しさは個性と持続とのなかからのみ閃めき出るように思える。断片的な享楽の美は私には迷わしにほかならない。 またたとえそれを一つの態度として許しても、そこには内在的な批評の余地があろうと思う。すなわち彼らは果たしてその態度を徹底させて・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・私はあえて筆を執ろうとする自分の無謀にも驚かざるを得ない。しかも今私は二、三の事を書きたい衝動に駆られ初めた。私は断片的になる危険を冒して一気に書き続けようと思う。(もうすぐに先生の死後九日目が初まる。田舎の事とてあたりは地の底に沈んで行く・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
・・・すなわちそれは「断片」となっているのである。そうしてみると、胴体から引き離した首はそれ自身「人」の表現として立ち得るにかかわらず、首から離した胴体は断片に化するということになる。顔が人の存在にとっていかに中心的地位を持つかはここに露骨に示さ・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫