・・・玉子はあと片づけがすんでも帰らぬと思っていると、そのままずるずるにいついてしまって、私たちの新しい母親になりました。 玉子は浜子と同じように、私や新次を八幡筋の夜店へ連れて行ってくれたので、何にも知らぬ新次は玉子が来たことを喜んでいたよ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・没し切るまでには、案外時がかゝるものかも知れないし、またその間にどんな思いがけない救いの手が出て来るかも知れないのだし、また福運という程ではなくも、どうかして自分等家族五人が饑えずに活きて行けるような新しい道が見出せないとも限らないではない・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・そのプロジットに応じなかった相手のコップへ荒々しく自分のコップを打ちつけて、彼は新しいコップを一気に飲み乾した。 彼らがそんな話をしていたとき、扉をあけて二人の西洋人がは入って来た。彼らはは入って来ると同時にウエイトレスの方へ色っぽい眼・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・日本全国、どこの城下も町は新しく変わり、士族小路は古く変わるのが例であるが岩――もその通りで、町の方は新しい建物もでき、きらびやかな店もできて万、何となく今の世のさまにともなっているが、士族屋敷の方はその反対で、いたるところ、古い都の断礎の・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・婦人をその天与の生理にも、心理にも合わない労働戦線に狩り出して、男子のような競争をさせるのでなく、処女らしさ、妻らしさ、母らしさを保護し、育児と、美容とに矛盾しない範囲の労働にとどめしめることは、新しい社会の義務だと思うのである。天理の自然・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 炊事場へザンパンを貰いに来る者たちが踏み固めた道は、新しい雪に蔽われて、あと方も分らなくなった。すると、子供達は、それを踏みつけ、もとの通りの道をこしらえた。 雪は、その上へまた降り積った。 丘の家々は、石のように雪の下に埋れ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・と女房は台所へ出て、まだ新しい味噌漉を手にし、外へ出でんとす。「オイオイ此品でも持って行かねえでどうするつもりだ。と呼びかけて亭主のいうに、ちょっと振りかえって嬉しそうに莞爾笑い、「いいよ、黙って待っておいで。 たちまち・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ ××地区の第××班では、その班会を開くたびに、一人二人とメンバーが殖えて行った。新しいメンバーがはいってくると、簡単な自己紹介があった。――ある時、四十位の女の人が新しくはいってきた。班の責任者が、「中山さんのお母さんです。中山さ・・・ 小林多喜二 「疵」
・・・私は次郎と二人でその新しい歩道を踏んで、鮨屋の店の前あたりからある病院のトタン塀に添うて歩いて行った。植木坂は勾配の急な、狭い坂だ。その坂の降り口に見える古い病院の窓、そこにある煉瓦塀、そこにある蔦の蔓、すべて身にしみるように思われてきた。・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ その室のかべというのは新しい荒けずりの松板でヴァニスをかけただけですから、節がよく見えていました。黒ずんだ枝の切り去られたなごりのたまご形の節の数々は目の玉のように思いなされました。 この奇怪な壁のすがたにはじめて目をとめたものは・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
出典:青空文庫