・・・もっとも解説者は小島政二郎氏であって、小島氏は、小説家としては私たちの先輩であり、その人の「新居」という短篇集を、私が中学時代に愛読いたしました。誠実にこの鴎外全集を編纂なされて居られるようですが、如何にせんドイツ語ばかりは苦手の御様子で、・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ 青扇もマダムも、まだ彼等の新居に帰ってはいなかった。帰途、買い物にでもまわったのであろうと思って、僕はその不用心にもあけ放されてあった玄関からのこのこ家へはいりこんでしまった。ここで待ち伏せていてやろうと考えたのである。ふだんならば僕・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・ その翌る年の二月のよい日に、次郎兵衛は宿場のはずれに新居をかまえた。六畳と四畳半と三畳と三間あるほかに八畳の裏二階がありそこから富士がまっすぐに眺められた。三月の更によい日に習字のお師匠の娘が花嫁としてこの新居にむかえられた。その夜、・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・の一首に世を驚したのは千駄ヶ谷の新居ではなかった歟。国木田独歩がその名篇『武蔵野』を著したのもたしか千駄ヶ谷に卜居された頃であったろう。共に明治三十年代のことで、人はまだ日露戦争を知らなかった時である。 コスモスの花が東京の都人に称美さ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ということなのですけれども、先程お話になった新居さんは昔からフェミニストなのです。いろいろ悪い時代にははっきりしたお話が申上げられませんから、ナンセンスのようなことをいっていらっしゃいましたけれども、今日などのお話は新居さんはお気持がよかっ・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・[自注5]籍のこと――百合子入籍の件、顕治と百合子は一九三二年二月本郷駒込動坂町に新居をもった。一ヵ月あまりののち、プロレタリア文化団体に対する全面的弾圧がはじまって、四月七日、顕治は非合法生活に入り、百合子は検挙された。そういう事情の・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・日ごろ進歩的な意見をもっている作家である豊島与志雄、新居格氏などからさえ、この新聞はまるで共産党系統のだれかが暴力的行為を仕組みでもしたような話をひき出している。田中耕太郎氏の談話などは、事件が明瞭にされたときには、共産党に対するその発言の・・・ 宮本百合子 「「推理小説」」
・・・雑誌『行動』主催で、文学の指導性座談会が催された席上で、文学における行動性について、たとえば新居格は「なんでもいいからやれば宜いと思うんだ」といっている。さらに指導性について、各自意見の混乱を示している中で、阿部知二は、はっきりファッシズム・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ 去る十二月二十日に行われた東京ユネスコ協力会発起人会で招請状を出した新居格氏は、ユネスコの本質上この会は会員の純潔な良心に期待しなければならないと力説されました。発言した方々のすべてのことばはここに一致していました。その会の委員として・・・ 宮本百合子 「一九四七・八年の文壇」
・・・ 兎に角、私共は、AがK大学に古典を教える目算がついた許りで、新居を探さなければならないことになった。 全く、家なき者! 私共は、もう夏になり、暑い戸外を二人で、空屋から空屋と探して歩いては、失望して、居辛いわが家に帰り帰りした・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
出典:青空文庫