・・・きょうより四年まえに、ぼくが出世をしたならば、きっと、お嫁にもらってあげる、とその店の女中のうちで一ばんの新米、使いはしりをつとめていた眼のすずしい十五六歳の女の子に、そう言って元気をつけてやった。その食堂には、大工や土方人足などがお客であ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・そうしているうちにいつのまにか一通りの新米ファンになりおおせたようである。 いちばんおもしろいものは実写ものである。こしらえたものにはやはりどこかに充実しない物足りなさがありごまかしきれない空虚がある。そういう意味でニュース映画は自分に・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・声の波の形が整わぬので新米という事が分る。 十四日 雪隠でプラス、マイナスと云う事を考える。 十五日 今日のようなしめっぽい空気には墓の匂いが籠っておるように思う。横になって壁を踏んでいると眼瞼が重くなって灰吹から大蛇が出た。 ・・・ 寺田寅彦 「窮理日記」
・・・どうした訳かと聞いてみるとまだ新米だそうである。まだ新米にさえもならない自分の顔がその日どんなであったかは自分には分らない。疲れはしないかと三人から度々聞かれた。 このキャディのような環境におかれた少年は例えば昔の本郷青木堂の小店員のご・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・それじゃ今やっとここへ来たんだろう。何だ。それじゃ新米のひとでだ。ほやほやの悪党だ。悪いことをしてここへ来ながら星だなんて鼻にかけるのは海の底でははやらないさ。おいらだって空に居た時は第一等の軍人だぜ。」 ポウセ童子が悲しそうに上を見ま・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・だから私の様な新米はとかく世間並のことを考えて、片付けるはいいけれど、私は私で片付け忘れるという病気でお話しの他の有様です。でもビトンはあんまり悪口は言えないわね。あ〔数字不明〕出したんだから。 十一月十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 菊太は願い事が有って来たのであった。 新米の収獲が始ると、菊太は来るものにきまって居ると祖母達は云って居る。毎年毎年欠かさず、袷時分になると一二里あるはなれた村からここの家まで来るのであった。 いかにも貧乏しそう・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・また諸官庁は元より、会社でもタイピストさえ年齢十七八歳、両親の家より通勤の者にかぎり採用が現実の有様であり、男の就職上の困難は、その困難が最も少い大臣の息子たちの新米勤人姿が、写真入りで新聞の読物となる世の中である。男がきっと女を喰わせ得、・・・ 宮本百合子 「私の感想」
出典:青空文庫