一 東京もはやここは多摩の里、郡の部に属する内藤新宿の町端に、近頃新開で土の色赤く、日当のいい冠木門から、目のふちほんのりと酔を帯びて、杖を小脇に、つかつかと出た一名の瀟洒たる人物がある。 黒の洋服・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・……でも、ここは近頃の新開ですもの。お魚はほんのつけたりで、おもに精進ものの取引をするんですよ。そういっては、十貫十ウの、いまの親仁に叱られるかも知れないけれど、皆が蓮根市場というくらいなんですわ。」「成程、大きに。――しかもその実、お・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・戸外は月冴えて風はないが、骨身に徹える寒さに磯は大急ぎで新開の通へ出て、七八丁もゆくと金次という仲間が居る、其家を訪ねて、十時過まで金次と将棋を指して遊んだが帰掛に一寸一円貸せと頼んだ。明日なら出来るが今夜は一文もないと謝絶られた。 帰・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 桜井先生は高瀬を連れて、新開の崖の道を下りた。先生がまだ男のさかりの頃、東京の私立学校で英語の教師をした時分、教えた生徒の一人が高瀬だった。その後、先生が高輪の教会の牧師をして、かたわらある女学校へ教えに行った時分、誰か桜井の家名・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ その植木屋も新建ちの一軒家で、売り物のひょろ松やら樫やら黄楊やら八ツ手やらがその周囲にだらしなく植え付けられてあるが、その向こうには千駄谷の街道を持っている新開の屋敷町が参差として連なって、二階のガラス窓には朝日の光がきらきらと輝き渡・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・坂を上りつめると広い新開道があった。少しあるくと道は突然中断されて、深い掘割が道と直角に丘の胴中を切り抜いていた。向うに見える大きな寺がたぶん総持寺というのだろう。 松林の中に屋根だけ文化式の赤瓦の小さな家の群があった。そこらにおむつが・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
一 花火 一月二十六日の祝日の午後三時頃に、私はただあてもなく日本橋から京橋の方へあの新開のバラック通りを歩いていた。朝よく晴れていた空は、いつの間にかすっかり曇って、湿りを帯びた弱い南の風が吹いていた。・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・昨日の雨でぐじゃぐじゃになった新開街路を歩いているとラジオドラマの放送の声がついて来る。上根岸百何番とあるからこの辺かと思うが何一つ昔の見覚えのあるものはない。昔の根岸はもうとうに亡くなってしまっている。鶯横町も消えているのではないかという・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・のあらしのために、わが国の人の心に自然なあらゆるものが根こぎにされて、そのかわりにペンキ塗りの思想や蝋細工のイズムが、新開地の雑貨店や小料理屋のように雑然と無格好に打ち建てられている最中に、それほどとも思われぬ天然の風景がほうぼうで保存せら・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・大震後横浜から鎌倉へかけて被害の状況を見学に行ったとき、かの地方の丘陵のふもとを縫う古い村家が存外平気で残っているのに、田んぼの中に発展した新開地の新式家屋がひどくめちゃめちゃに破壊されているのを見た時につくづくそういう事を考えさせられたの・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
出典:青空文庫