変化の激しい都会 僕に東京の印象を話せといふのは無理である。何故といへば、或る印象を得るためには、印象するものと、印象されるものとの間に、或る新鮮さがなければならない。ところが、僕は東京に生れ、東京に育ち、東京に住んで・・・ 芥川竜之介 「東京に生れて」
・・・だからお君さんの中にある処女の新鮮な直観性は、どうかするとこのランスロットのすこぶる怪しげな正体を感ずる事がないでもない。暗い不安の雲の影は、こう云う時にお君さんの幻の中を通りすぎる。が、遺憾ながらその雲の影は、現れるが早いか消えてしまう。・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・彼が起き上がって縁に出ると、それを窺っていたように内儀さんが出て来て、忙しくぐるりの雨戸を開け放った。新鮮な朝の空気と共に、田園に特有な生き生きとした匂いが部屋じゅうにみなぎった。父は捨てどころに困じて口の中に啣んでいた梅干の種を勢いよくグ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・新しい芽は、また子供のように、太陽の光と新鮮な大気の中で元気よく伸びてゆきました。そして夏のころ白い花が咲き、その年の暮れには真っ赤な実が重そうに垂れさがったのであります。 軒端にくるすずめまでが、目を円くして、ほめそやしたほどですから・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
・・・たゞ単的に古い文化を破壊し、来るべき新文化の曙光を暗示するもののみが、最も新鮮なる詩となって感ぜられる。 私たちが少くとも生活に対して愛を感じている人達が、何か感激を感ずる場合には、いつでも其の中には詩が含まれている。 詩は文字の上・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・る国で、サルトルが極度に追究された人間の可能性を、一度原始状態にひき戻して、精神や観念のヴェールをかぶらぬ肉体を肉体として描くことを、人間の可能性を追究する新しい出発点としたことは、われわれにはやはり新鮮な刺戟である。人間の可能性は例えばス・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・欠伸をまじえても金銭に換算しても、やはり女の生理の秘密はその都度新鮮な驚きであった。私は深刻憂鬱な日々を送った。 阿部定の事件が起ったのは、丁度そんな時だ。妖艶な彼女が品川の旅館で逮捕された時、号外が出て、ニュースカメラマンが出動した。・・・ 織田作之助 「世相」
・・・一間ばかりの所を一朝かかって居去って、旧の処へ辛うじて辿着きは着いたが、さて新鮮の空気を呼吸し得たは束の間、尤も形の徐々壊出した死骸を六歩と離れぬ所で新鮮の空気の沙汰も可笑しいかも知れぬが――束の間で、風が変って今度は正面に此方へ吹付ける、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・しかし彼にはただ窓を明け崖路へ彼らの姿を晒すということばかりでもすでに新鮮な魅力であった。彼はそのときの、薄い刃物で背を撫でられるような戦慄を空想した。そればかりではない。それがいかに彼らの醜い現実に対する反逆であるかを想像するのであった。・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ 花売りの声が戸口に聞こえたときも彼は眼を覚ました。新鮮な声、と思った。榊の葉やいろいろの花にこぼれている朝陽の色が、見えるように思われた。 やがて、家々の戸が勢いよく開いて、学校へ行く子供の声が路に聞こえはじめた。女はまだ深く睡っ・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
出典:青空文庫