・・・一より十六を正方格内に置いて縦線、横線、対角線、各隅、随処四方角、皆三十四になる。二十五格内に同様に一より二十五までを置いて、六十五になる。三十六格内に三十六までの数を置いて、百十一になる。それ以上いくらでも出来ることである。が、その法を知・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・私は太郎の耕しに行く畠がどっちの方角に当たるかを尋ねることすら楽しみに思いながら歩いた。私の行く先にあるものは幼い日の記憶をよび起こすようなものばかりだ。暗い竹藪のかげの細道について、左手に小高い石垣の下へ出ると、新しい二階建ての家のがっし・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・五十円を故郷の姉から、これが最後だと言って、やっと送って戴き、私は学生鞄に着更の浴衣やらシャツやらを詰め込み、それを持ってふらと、下宿を立ち出で、そのまま汽車に乗りこめばよかったものを、方角を間違え、馴染みのおでんやにとびこみました。其処に・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・反対の方角から来た電車も留まって、その中でも大騒ぎが始まる。ひどく肥満した土地の先生らしいのが、逆上して真赤になって、おれに追い附いた。手には例の包みを提げている。おれは丁寧に礼を言った。肥満した先生は名刺をくれておれと握手した。おれも名刺・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・鳥瞰図式の粗雑なものはあったが、図がはなはだしく歪められているので正確な距離や方角の見当がつかないし、またどのくらい信用出来るかも不明である。鉄道省で出来た英文のモーターロードマップがあって、これは便利であるが、あまりに簡単でその道路と他の・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
僕は武蔵野の片隅に住んでいる。東京へ出るたびに、青山方角へ往くとすれば、必ず世田ヶ谷を通る。僕の家から約一里程行くと、街道の南手に赤松のばらばらと生えたところが見える。これは豪徳寺――井伊掃部頭直弼の墓で名高い寺である。豪・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・行先さだめず歩みつづけて、いつか名も知らず方角もわからぬ町のはずれや、寂しい川のほとりで日が暮れる。遠くにちらつく燈火を目当に夜道を歩み、空腹に堪えかねて、見あたり次第、酒売る家に入り、怪しげな飯盛の女に給仕をさせて夕飯を食う。電燈の薄暗さ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・私が早稲田にいると言ってさえ、先生には早稲田の方角がわからないくらいである。深田君に大隈伯のうちへ呼ばれた昔を注意されても、先生はすでに忘れている。先生には大隈伯の名さえはじめてであったかもしれない。 私が先月十五日の夜晩餐の招待を受け・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生の告別」
・・・そしてすっかり道をまちがえ、方角を解らなくしてしまった。元来私は、磁石の方角を直覚する感官機能に、何かの著るしい欠陥をもった人間である。そのため道のおぼえが悪く、少し慣れない土地へ行くと、すぐ迷児になってしまった。その上私には、道を歩きなが・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・二人は幾つかの角を曲った挙句、十字路から一軒置いて――この一軒も人が住んでるんだか住んでいないんだか分らない家――の隣へ入った。方角や歩数等から考えると、私が、汚れた孔雀のような恰好で散歩していた、先刻の海岸通りの裏辺りに当るように思えた。・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫