・・・そして、輓近一部の日本人によって起されたところの自然主義の運動なるものは、旧道徳、旧思想、旧習慣のすべてに対して反抗を試みたと全く同じ理由に於て、この国家という既定の権力に対しても、その懐疑の鉾尖を向けねばならぬ性質のものであった。然し我々・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・――こういうことは詩を既定のある地位から引下すことであるかもしれないが、私からいえば我々の生活にあってもなくても何の増減のなかった詩を、必要な物の一つにするゆえんである。詩の存在の理由を肯定するただ一つの途である。 以上のいい方はあまり・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・「この地方に数年あるいは数十年ごとに津浪の起るのは既定の事実である。それだのにこれに備うる事もせず、また強い地震の後には津浪の来る恐れがあるというくらいの見やすい道理もわきまえずに、うかうかしているというのはそもそも不用意千万なことである。・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・それほど、前から、たとえ主観的なものであるにもしろ政治家としてのトルーマンの確信がはっきりわかっていたのなら、日本の公器であるはずの日本の新聞が、どうして公平に記事を選ばず、デューイ当選を、まるで既定の至上事実のようにわたしたちに宣伝しなけ・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・これら二様の態度は、教養に対しては二つの端に立ちつつも、世俗的な常識に対して戦う態度は相通じたものをもっており、同時に、反撥し或は評価する自身の態度とともに、対象となる既定の文化・文学的教養そのものの歴史的な本質については深い省察を加えない・・・ 宮本百合子 「作家と教養の諸相」
・・・ 作家同盟の成員が種々の層からなりたっているということは、作家同盟という一組織の内部でそれら様々の段階の作家たちが次第にプロレタリア作家として自分たちを強力に鍛え純化してゆくことを、既定の条件としているわけである。作家同盟のなかに、同伴・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・対等につき合うことは既定の事実で、それからさき、どうつき合うかが問題であるヨーロッパの国際性とはちがった気分が流れている。これを逆にして、アジアに向うと明治以来の日本は、女性さえも中国・朝鮮に対して侵略以外に知っていない。日本の婦人作家の書・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・現金八〇〇円といっている人々が五〇〇円になっては困ると思うよりも、三五〇円しか現在貰っていない人が最高五〇〇円をもう既定の標準のようにして式が立てられているのを見たとき、どんな気持がしたでしょう。 払出額、世帯主月三百円、一人ます毎に一・・・ 宮本百合子 「モラトリアム質疑」
・・・ 其上、夏の休暇には遠方へ旅行する次手に、家も変える計画が以前から既定して居るのである。 然し、泰子の気分は、左様云う reasoning ではなおらなかった。 不快な心的状態は、鼠算に不快な考を産む。第一、当分は移れないと定っ・・・ 宮本百合子 「われらの家」
出典:青空文庫