・・・揺椅子で日向ぼっこをしていた彼は、「有難う、有難う」と云いながら、彼女の片手を執って敲いた。「御苦労様。これでれんが来れば申し分はない。――いいお正月を迎えよう、ね?」「いや!」 彼女は睫毛まで光る涙をあふれさせ、良人の・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 私は眼をあげて、隣家の屋根の斜面に、ころころとふくれて日向ぼっこをして居る六七羽の雀の姿を見た。或ものは、何もあろうと思われない瓦の上を、地味な嘴でつついて居る。 暫く眺めて後、私は、箱に手を入れて一掴みの粟を、勢よく、庭先に撒い・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・佐和子は、妹と並んで防波堤兼網乾し場の高いコンクリートのかげで、日向ぼっこをしていた。正月に、漁師たちが大焚火でもしてあたりながら食べたのだろう、蜜柑の皮が乾からびて沢山一ところに散らかっているのが砂の上に見えた。砂とコンクリートのぬくもり・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・由子はうっとり――思いつめたような恍惚さで日向ぼっこをした。お千代ちゃんは眩しそうに日向に背を向け、受け口を少しばかり開け、煉瓦の際まで押しよせてその上に這い上ろうとしている芝の根を眺めていた。 実に思いがけずお千代ちゃんは試験に通・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・ 道傍の枯芝堤に、赤や桃色の毛糸頸巻をした娘が三人、眩しそうに並んで日向ぼっこをしていた。 女役者の一座がかかった。 小屋は空地にある。××嬢へとした幟がはためいていた。やはり人気ないそこの白い街道を歩いていたら、すぐ前の木・・・ 宮本百合子 「山峡新春」
・・・ やがて『少女世界』が私の本という新鮮な魅力をもって一冊一冊とためられ、冬の縁側で日向ぼっこをしながらそれをあっちへ積みかえこっちへ積みかえしていた心持が思い出される。もっともこの時分には、もううちの本棚への木戸御免で、その又本棚という・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・ 冬の日向ぼっこのような平和な愛嬌が爺さんの言葉に溢れる。 ただ拝見することにして、右手という、正面入口の右手扉を押して見たが明かない。ぐるりと後に廻ると、開く扉はあったが、司祭控室らしく、第一、下駄で入ってはわるそうだし困って、私・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・大判の頁、一枚ときめ、椽側で日向ぼっこをしながらちょうど時候にすればいま時分、とつとつと書きつめるのである。 一枚、一枚を使うインクの色をちがえ、バラバラと指で翻し、さも学者らしく一杯ならんだ文字を見ると、自分は楽しさで、来ようとする試・・・ 宮本百合子 「入学試験前後」
・・・ 爽やかな秋風の並木道のベンチに女がゆっくり腰かけて、繕いものをしながら乳母車にのせた赤坊を日向ぼっこさせてる。乾いた葉っぱの匂い、微かな草の匂い。自動車やトラックは並木道のあっちを通るから、小深い樹の下は静かで柔かい日光がさしとおして・・・ 宮本百合子 「モスクワ日記から」
出典:青空文庫