・・・ 夏の末、秋の初めの九月なかば日曜の午後一時ごろ、「杉の杜」の四辻にぼんやり立っている者がある。 年のころは四十ばかり、胡麻白頭の色の黒い頬のこけた面長な男である。 汗じみて色の変わった縮布の洋服を着て脚絆の紺もあせ草鞋もぼ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・すべての男性が家庭的で、妻子のことのみかかわって、日曜には家族的のトリップでもするということで満足していたら、人生は何たる平凡、常套であろう。男性は獅子であり、鷹であることを本色とするものだ。たまに飛び出して巣にかえらぬときもあろう。あまり・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・ 五 村役場から、税金の取り立てが来ていたが、丁度二十八日が日曜だったので、二十九日に、源作は、銀行から預金を出して役場へ持って行った。もう昨日か、一昨日かに村の大部分が納めてしまったらしく、他に誰れも行っていなかっ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・今度の日曜にでも連れて行って貰うか。」「日光や善光寺さんイ連れて行ってくれりゃえいんじゃがのう。」「それよりぁ、うらあ浅草の観音さんへ参りたいんじゃ。……東京イ来てもう五十日からになるのに、まだ天子さんのお通りになる橋も拝見に行っと・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・恵子は今度の日曜ならいい、と言った。彼は汽車の時間をきめ、停車場で待つことにして帰った。土曜日彼はさしあたり必要のない冬服を質屋に持ってゆき、本を売った。それで金の方は間に合った。次の日停車場へ行った。天気なので、どこかへ出かける人でいっぱ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・釣りだ遠足だと言って日曜ごとに次郎もじっとしていなかった時代だ。いったい、次郎はおもしろい子供で、一人で家の内をにぎやかしていた。夕飯後の茶の間に家のものが集まって、電燈の下で話し込む時が来ると、弟や妹の聞きたがる怪談なぞを始めて、夜のふけ・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・その日は日曜だった。高瀬は浅黄の股引に、尻端を折り、腰には手拭をぶらさげ、憂鬱な顔の中に眼ばかり光らせて、他から帰って来た。お島は勝手口の方へ自慢の漬物を出しに行って来て、炉辺で夫に茶を進めながら、訪ねてくれた友達の話をして笑った。「私・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・子どもはなぜ日曜でもないのに店がしまって、そこいらに人がいないのかわかりませんでした。むすめは園丁の所に行ってみましたが、そこもしまっていて、大きな犬が門の所に寝ころんでいるばかりでした。「ママくたびれました」「私もですよ、どこかで・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・きょうは、曇天、日曜である。セルの季節で、この陰鬱の梅雨が過ぎると、夏がやって来るのである。みんな客間に集って、母は、林檎の果汁をこしらえて、五人の子供に飲ませている。末弟ひとり、特別に大きいコップで飲んでいる。 退屈したときには、皆で・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ そう言われてみるときょうは日曜であった。僕たちはわけもなく声を合せて笑いこけた。 僕は学生時代から天才という言葉が好きであった。ロンブロオゾオやショオペンハウエルの天才論を読んで、ひそかにその天才に該当するような人間を捜しあるいた・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫