・・・山男に生捕られて、ついにその児を孕むものあり、昏迷して里に出でずと云う。かくのごときは根子立の姉のみ。その面赤しといえども、その力大なりといえども、山男にて手を加えんとせんか、女が江戸児なら撲倒す、……御一笑あれ、国男の君。 物語の著者・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・それがしの天才が思想の昏迷を来して一時あらぬ狂名を歌われたのもまた二葉亭の鉄槌に虐げられた結果であった。二葉亭に親近するものの多くは鉄槌の洗礼を受けて、精神的に路頭に迷うの浮浪人たらざるを得なかった。中には霊の飢餓を訴うるものがあっても、霊・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・身もだえする若い妻としての思いに屈して何年もすごして来ていた作者が、その心情の昏迷に飽き疲れて自分という始末のつかないものの身辺から遠くはなれてそれを眺めることができる題材。観察し、描くことのできる何かをつかまえたい本能的な欲望が作用してい・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・そして何の為に生れたのであろうかと或る昏迷をもって考えたのは、恐らく私一人ではなかったであろうと思う。 ところが、生活は活々と積極的なものであって、我々は決して生まれただけでは終らず、やがて生む者として社会関係の中にあみこまれて来る。今・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ 現実がもし単に機械的に、潔癖でわり切れてゆくものならば、文学を通して訴えんとする人間的苦悩は生れないのである。昏迷や作品の上での無解決が問題ではなく昏迷・無解決そのものの社会的・心理的因子と作者の企図する動向が芸術の胚種であることは誰・・・ 宮本百合子 「数言の補足」
・・・ これらの人々の内心がどんなカラクリで昏迷していればとて、文化上のガンジーさんの糸車にしがみついて、人類の進歩をうしろへうしろへと繰り戻して行きたいのであろうか? 亀井氏の説に従えばレーニンは未来を担う子供達を愛称しながら「遙かなる憧れ・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・だから、自身生かしきれぬ純な情感に苦しむとき、その無力と躊躇と昏迷した考えをてきぱきと解明して、後からつよく押し出すものよりは、音楽にしろ、映画にしろ、小説にしろ、あるままの生活の感情を認めて、一緒にたゆたって、ほのかになって、眠らしてくれ・・・ 宮本百合子 「私も一人の女として」
出典:青空文庫