・・・そうして、その顔の前にある、黄いろい絹の笠をかけた電燈が、私の眼にはほとんどまっ黒に映りました。しかも、何と云う皮肉でございましょう。彼等は、私がこの奇怪な現象を記録して置いた、私の日記を読んでいるのでございます。これは机の上に開いてある本・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・と反響のように繰返しながら、新蔵のコップを覗きこみましたが、元より今はそう云う泰さんの顔のほかに、顔らしいものは何も映りません。「君の神経のせいじゃないか。まさかあの婆も、僕の所までは手を出しゃしなかろう。」「だって君は今も自分でそう云った・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・の手に群る雲を引っ裂いて、余る勢いに池の水を柱のごとく捲き起したようでございましたが、恵印の眼にはその刹那、その水煙と雲との間に、金色の爪を閃かせて一文字に空へ昇って行く十丈あまりの黒竜が、朦朧として映りました。が、それは瞬く暇で、後はただ・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 甲冑堂の婦人像のあわれに絵の具のあせたるが、遥けき大空の雲に映りて、虹より鮮明に、優しく読むものの目に映りて、その人あたかも活けるがごとし。われらこの烈しき大都会の色彩を視むるもの、奥州辺の物語を読み、その地の婦人を想像するに、大・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・浜も日本も見えやしねえで、お星様が映りそうで、お太陽様は真蒼だ。姉さん、凪の可い日でそうなんだぜ。 処を沖へ出て一つ暴風雨と来るか、がちゃめちゃの真暗やみで、浪だか滝だか分らねえ、真水と塩水をちゃんぽんにがぶりと遣っちゃ、あみの塩からを・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・お前さん、中は土間で、腰掛なんか、台があって……一膳めし屋というのが、腰障子の字にも見えるほど、黒い森を、柳すかしに、青く、くぐって、月あかりが、水で一漉し漉したように映ります。 目も夜鳥ぐらい光ると見えて、すぐにね、あなた、丼、小鉢、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・七兵衛は勝手の戸をがらりと開けた、台所は昼になって、ただ見れば、裏手は一面の蘆原、処々に水溜、これには昼の月も映りそうに秋の空は澄切って、赤蜻蛉が一ツ行き二ツ行き、遠方に小さく、釣をする人のうしろに、ちらちらと帆が見えて海から吹通しの風颯と・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・美しい虹が立ちまして、盛りの藤の花と、つつじと一所に、お庭の池に影の映りましたのが、薄紫の頭で、胸に炎の搦みました、真紅なつつじの羽の交った、その虹の尾を曳きました大きな鳥が、お二階を覗いておりますように見えたのでございます。その日は、御前・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ もとのように、就中遥に離れた汀について行く船は、二艘、前後に帆を掛けて辷ったが、その帆は、紫に見え、紅く見えて、そして浪路の襟に映り、肌を染めた。渡鳥がチチと囀った。「あれ、小松山の神さんが。」 や、や、いかに阿媽たち、――こ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 水の影でも映りそうに、その空なる樹の間は水色に澄んで青い。「沼は、あの奥に当るのかね。」「えへい、まあ、その辺の見当ずら。」 と、掌をもじゃもじゃと振るのが、枯葉が乱れて、その頂の森を掻乱すように見え、「何かね、その赤・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
出典:青空文庫