・・・思う人の唇に燃ゆる情けの息を吹く為には、吾肱をも折らねばならぬ、吾頚をも挫かねばならぬ、時としては吾血潮さえ容赦もなく流さねばならなかった。懸想されたるブレトンの女は懸想せるブレトンの男に向って云う、君が恋、叶えんとならば、残りなく円卓の勇・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・彼は時として槍をさえ携える事がある。穂の短かい柄の先に毛の下がった三国志にでも出そうな槍をもつ。そのビーフ・イーターの一人が余の後ろに止まった。彼はあまり背の高くない、肥り肉の白髯の多いビーフ・イーターであった。「あなたは日本人ではありませ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・癩病は伝染性にして神ならぬ身に時としては犯さるゝこともある可し。固より本人の罪に非ず。然るを婦人が不幸にして斯る悪疾に罹るの故を以て離縁とは何事ぞ。夫にして仮初にも人情あらば、離縁は扨置き厚く看護して、仮令い全快に至らざるも其軽快を祈るこそ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・たとえば、各地方に令して就学適齢の人員を調査し、就学者の多寡をかぞえ、人口と就学者との割合を比例し、または諸学校の地位・履歴、その資本の出処・保存の方法を具申せしめ、時としては吏人を地方に派出して諸件を監督せしむる等、すべて学校の管理に関す・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・章を奨励し、字を知るためには漢書をも用い、学問の本体はすなわち英学にして、英字、英語、英文を教え、物理学の普通より、数学、地理、歴史、簿記法、商法律、経済学等に終り、なお英書の難文を読むの修業として、時としては高尚至極の原書を講ずることもあ・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・毎日毎日歓迎を受けるのは楽しい者であるか苦しい者であるか余にはわからぬが時としてはうるさい事もあるであろう。けれども一日の旅行を終りて草臥れ直しの晩酌に美酒佳肴山の如く、あるいは赤襟赤裾の人さえも交りてもてなされるのは満更悪い事もあるまい。・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・現にその選句を見ても時として極めて幼稚なる句あるいは時として月並調に近い句でさえも取ってある事がある。今少し進歩的研究的の精神が必要である。青々の句はしっかりして居って或点で縦横自在であるが、時としてあまり自己の好む処に偏してへんてこな・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・君の胸臆は明白に私の前に展開せられて時としては無遠慮を極めることがある。Verblueffend に真実を説くことがある。私はいつもそれを甘んじ受けて、却って面白く感じた。 殆ど毎日逢って、時としては終日一しょにいることさえあるので、F・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・それは曾ては芸術的なるものの一つの別名であり、時としてまた芸術そのものの別名ともなっていた。だが今はそうであってはならぬ。それのみが芸術的でありまた芸術としては赦されない。少くとも文学なるものは、少くとも文学は風流そのもののごとく生活の感覚・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・そのお話しというのは、ほんとうに有そうな事ではないんでしたが、奥さまの柔和くッて、時として大層哀っぽいお声を聞くばかりでも、嬉しいのでした。一度なんぞは、ある気狂い女が夢中に成て自分の子の生血を取てお金にし、それから鬼に誘惑されて自分の心を・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫