・・・、万事贅沢安楽に旅行の出来るようになった代りには、芭蕉翁や西行法師なんかも、停車場で見送りの人々や出迎えの人々に、芭蕉翁万歳というようなことを云われるような理屈になって仕舞って、「野を横に汽車引むけよ郭公」とも云われない始末で、旅行に興味を・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・ 不幸、短命にして病死しても、正岡子規君や清沢満之君のごとく、餓しても伯夷や杜少陵のごとく、凍死しても深草少将のごとく、溺死しても佐久間艇長のごとく、焚死しても快川国師のごとく、震死しても藤田東湖のごとくであれば、不自然の死も、かえって・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 不幸短命にして病死しても、正岡子規君や清沢満之君の如く、餓死しても伯夷や杜少陵の如く、凍死しても深艸少将の如く、溺死しても佐久間艇長の如く、焚死しても快川国師の如く、震死しても藤田東湖の如くならば、不自然の死も却って感嘆すべきではない・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・当時、歌人を志していた高校生の兄が大学に入る為帰省し、ぼくの美文的フォルマリズムの非を説いて、子規の『竹の里歌話』をすすめ、『赤い鳥』に自由詩を書かせました。当時作る所の『波』一篇は、白秋氏に激賞され、後選ばれて、アルス社『日本児童詩集』に・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・たちまち助七の、杜鵑に似た悲鳴が聞えた。さちよは、ひらと樹陰から躍り出て、小走りに走って三木の背後にせまり、傘を投げ捨て、ぴしゃと三木の頬をぶった。 三木は、ふりかえって、「なんだ、君か。」やさしく微笑した。立ちあがって、さっさと着・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 宿に落着いてから子供等と裏の山をあるいていると、鶯が鳴き郭公が呼ぶ。落葉松の林中には蝉時雨が降り、道端には草藤、ほたるぶくろ、ぎぼし、がんぴなどが咲き乱れ、草苺やぐみに似た赤いものが実っている、沢へ下りると細流にウォータークレスのよう・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ 宿の夜明け方に時鳥を聞いた。紛れもないほととぎすである。郷里高知の大高坂城の空を鳴いて通るあのほととぎすに相違ない。それからまた、やはり夜明けごろに窓外の池の汀で板片を叩くような音がする。間もなく同じ音がずっと遠くから聞こえる。水鶏で・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・でも「不如帰」でもやはり古典になってしまうであろう、義太夫音楽でも時とともに少しずつその形式を進化させて行けば「モロッコ」や「街の灯」の浄瑠璃化も必ずしも不可能ではないであろう。こんな空想を帰路の電車の中で描いてみたのであった。 このは・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・ 根岸派の新俳句が流行し始めたのは丁度その時分の事で、わたくしは『日本』新聞に連載せられた子規の『俳諧大要』の切抜を帳面に張り込み、幾度となくこれを読み返して俳句を学んだ。 漢詩の作法は最初父に就いて学んだ。それから父の手紙を持って・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・この髯男は杜鵑を生れて初めて聞いたと見える。「ひと目見てすぐ惚れるのも、そんな事でしょか」と女が問をかける。別に恥ずかしと云う気色も見えぬ。五分刈は向き直って「あの声は胸がすくよだが、惚れたら胸は痞えるだろ。惚れぬ事。惚れぬ事……。どうも脚・・・ 夏目漱石 「一夜」
出典:青空文庫