・・・無銭で米の買える法、火なくして暖まる法、飲まずに酔う法、歩行かずに道中する法、天に昇る法、色を白くする法、婦の惚れる法。」 四「お痛え、痛え、」 尾を撮んで、にょろりと引立てると、青黒い背筋が畝って、びくりと・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 子供はしかたなしに、雪の降る中をとぼとぼと歩いて、その店の前を去って、あてなくこちらにきかかりますと、そこには食べ物屋があって、おいしそうな魚の臭いや、酒の暖まる香いなどがもれてきました。子供は其店の前に立ちました。そして戸を開けての・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・が、それはまだ我慢もできるとして、どうにもこうにも我慢のできないのは、少し寝床の中が暖まるとともに、蚤だか虱だか、ザワザワザワザワと体じゅうを刺し廻るのだ。私が体ばかり豌々させているのを見て、隣の櫛巻がまた教えてくれた。「お前さん、こん・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ おみおつけの温まるまで、台所口に腰掛けて、前の雑木林を、ぼんやり見ていた。そしたら、昔にも、これから先にも、こうやって、台所の口に腰かけて、このとおりの姿勢でもって、しかもそっくり同じことを考えながら前の雑木林を見ていた、見ている、よ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・たとえば大砲の砲腔をくり抜くときに熱を生ずることから熱と器械的のエネルギーとの関係が疑われてから以来、初めはフラスコの水を根気よく振っていると少し温まるといったような実験から、進んで熱の器械的当量が数量的に設定されるまで、それからまた同じよ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・点けると当座はぽーっと直ぐ部屋が暖まる。少しいい心持になって、さて消すと、それぎりほとぼりというものがない。すーっと、空気が自ら冷めて、元のつめたさに戻ってしまう。スタンダアドの石油ストーブは、チャスタアという名の石油だけを好む。スタンダア・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
出典:青空文庫