・・・ 求馬は甚太夫喜三郎の二人と共に、父平太郎の初七日をすますと、もう暖国の桜は散り過ぎた熊本の城下を後にした。 一 津崎左近は助太刀の請を却けられると、二三日家に閉じこもっていた。兼ねて求馬と取換した起請文の・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ 冬ながら九州は暖国ゆえ、天気さえよければごく暖かで、空気は澄んでいるし、山登りにはかえって冬がよいのです。 落葉を踏んで頂に達し、例の天主台の下までゆくと、寂々として満山声なきうちに、何者か優しい声で歌うのが聞こえます、見ると天主・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・雪の降らない暖国では樹木がこうも、さやさや軽く真直ぐ育つものか。かえりに京都へ寄り、急に思い立って大原へ行った。これはまた、何と低い新緑の茂み! 背の低い樹々が枝から枝へ連って山々、谿々を埋めている。寒い土地の初夏という紛れない感じで感歎し・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
出典:青空文庫