・・・こいつらは、十年前に覚えた定義を、そのまま暗記しているだけだ。そうして新しい現実をその一つ覚えの定義に押し込めようと試みる。無理だよ、婆さん。所詮、合いませぬて。 自分を駄目だと思い得る人は、それだけでも既に尊敬するに足る人物である。半・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・「けさから考えに考えて暗記して来たような、せりふを言うなよ。学問? 教養? 恥ずかしくないかね。」 三木は、どきっとした。われにもあらず、頬がほてった。こいつ、なんでも知っている。「不愉快な野郎だ。よし、相手になってやる。僕は、君みたい・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・特に言語などを機械的に暗記する事の下手な彼には当時の軍隊式な詰め込み教育は工合が悪かった。これに反して数学的推理の能力は早くから芽を出し初めた。計算は上手でなくても考え方が非常に巧妙であった。ある時彼の伯父に当る人で、工業技師をしているヤー・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・それが毎日同じ事を繰り返している間にあらゆる興味は蒸発してしまって、すっかり口上を暗記するころには、品物自身はもう頭の中から消えてなくなる。残るものはただ「言葉」だけになる。目はその言葉におおわれて「物」を見なくなる。そうして丹波の山奥から・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・しかしただそれを一通り理解し暗記しただけでは自分で話す事もできなければ文章も書けない。長い修練によってそれをすっかり体得した上で、始めて自分自身の考えを運ぶ道具にする事ができる。 数学でも、ただ教科書や講義のノートにある事がらを全部理解・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・主だった星座を暗記していれば素人でも新星を発見し得る機会はあるという事も話した。 一秒時間に十八万六千マイルを走る光が一ヶ年かかって達する距離を単位にして測られるような莫大な距離をへだてて散布された天体の二つが偶然接近して新星の発現とな・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・全体が七五調の歌謡体になっているので暗記しやすかった。そのさし絵の木版画に現われた西洋風景はおそらく自分の幼い頭にエキゾチズムの最初の種子を植え付けたものであったらしい。テヘラン、イスパハンといったようないわゆる近東の天地がその時分から自分・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・法律の条文を暗記させるように教え込むべきものではなくて、自然の不思議への憧憬を吹き込む事が第一義ではあるまいか。これには教育者自身が常にこの不思議を体験している事が必要である。既得の知識を繰り返して受け売りするだけでは不十分であ・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・自分は科学というものの方法や価値や限界などを多少でも暗示する事が却って百千の事実方則を暗記させるより有益だと信じたい。そうすれば今日ほど世人が科学の真面目を誤解するような虞が少なくなり、また一方では科学的の研究心をもった人物を養成するに効果・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・それ故に、連句三十六景のコンチニュイティは容易に暗記が出来るが、レビューの二十八景の順序は到底覚えられそうもないのである。ともかくもこの二つのものの比較は色々の暗示の光を与える。一方では連句的レビューの可能性が示唆され、他方ではまたアメリカ・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
出典:青空文庫