・・・これから二つ目の横町を右へお曲がりになる所の角へお持ちになりますと。」「なんだい、それは。その角に持って行ってどうするのだい。」「質店でございます。勲章なら、すぐに十マルクは御用立てます。官立典物所なんぞへお持ちになったって、あそこ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ しかしそれでは、わざわざ出て来たかいがないと考える人もある。曲がりなりにでも自分の目で見て自分の足で踏んで、その見る景色、踏む大地と自分とが直接にぴったり触れ合う時にのみ感じ得られる鋭い感覚を味わわなければなんにもならないという人があ・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ 水はこの辺に至って、また少しく曲りやや南らしい方向へと流れて行く。今まで掛けてある橋は三、四カ処もあったらしいが、いずれも古びた木橋で、中には板一枚しかわたしてないものもあった。然るにわたくしは突然セメントで築き上げた、しかも欄干さえ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・暗さは暗し、靴は踵を深く土に据えつけて容易くは動かぬ。曲りくねってむやみやたらに行くと枸杞垣とも覚しきものの鋭どく折れ曲る角でぱたりとまた赤い火に出くわした。見ると巡査である。巡査はその赤い火を焼くまでに余の頬に押し当てて「悪るいから御気を・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・その玩具のような可愛い汽車は、落葉樹の林や、谷間の見える山峡やを、うねうねと曲りながら走って行った。 或る日私は、軽便鉄道を途中で下車し、徒歩でU町の方へ歩いて行った。それは見晴しの好い峠の山道を、ひとりでゆっくり歩きたかったからであっ・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・たとえば、遠方より望み見れば円き山にても、その山に登れば円き処を見ず、はるかに眺むれば曲りたる野路も、親しくその路を践めば曲るところを覚えざるが如し。直接をもって真の判断を誤るものというべし。かかる弊害は、近日我が邦の政談上においてもおおい・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・道は之の字巴の字に曲りたる電信の柱ばかりはついついと真直に上り行けばあの柱までと心ばかりは急げども足疲れ路傍の石に尻を掛け越し方を見下せば富士は大空にぶら下るが如くきのう過ぎにし山も村も皆竹杖のさきにかすかなり。 沓の代はたられて百・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ するとちょうど、小流れの曲がりかどに、一本の小さな楊の枝が出て、水をピチャピチャたたいておりました。 ホモイはいきなりその枝に、青い皮の見えるくらい深くかみつきました。そして力いっぱいにひばりの子を岸の柔らかな草の上に投げあげて、・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・「馬の脚は横へは曲りませんよ。擽ったがってフッフッフッって笑うよ」 ふき子が伸びをするように胸を反して椅子から立ちながら、「みんな紅茶のみたくない?」「賛成!」 忠一が悲痛らしく眉を顰めて、「何にしろ、蝦姑だろうね」・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・馬は前方に現れた眼匿しの中の路に従って柔順に曲り始めた。しかし、そのとき、彼は自分の胴と、車体の幅とを考えることは出来なかった。一つの車輪が路から外れた。突然、馬は車体に引かれて突き立った。瞬間、蠅は飛び上った。と、車体と一緒に崖の下へ墜落・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫