・・・しかして最大愉快である。人間が懺悔して赤裸々として立つ時、社会が旧習をかなぐり落して天地間に素裸で立つ時、その雄大光明な心地は実に何ともいえぬのである。明治初年の日本は実にこの初々しい解脱の時代で、着ぶくれていた着物を一枚剥ねぬぎ、二枚剥ね・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・此処に停車場を建てて汽車の発着する処となしたのは上野公園の風趣を傷ける最大の原因であった。上野の停車場及倉庫の如きは其の創設の当初に於て水利の便ある秋葉ヶ原のあたりを卜して経営せられべきものであった。然し新都百般の経営既に成った後之を非難す・・・ 永井荷風 「上野」
文化の発展には民族というものが基礎とならねばならぬ。民族的統一を形成するものは風俗慣習等種々なる生活様式を挙げることができるであろうが、言語というものがその最大な要素でなければならない。故に優秀な民族は優秀な言語を有つ。ギリシャ語は哲・・・ 西田幾多郎 「国語の自在性」
・・・暗鬱な北国地方の、貧しい農家に生れて、教育もなく、奴隷のような環境に育った男は、軍隊において、彼の最大の名誉と自尊心とを培養された。軍律を厳守することでも、新兵を苛めることでも、田舎に帰って威張ることでも、すべてにおいて、原田重吉は模範的軍・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・でないと出来上った六神丸の効き目が尠いだろうから、だが、――私はその階段を昇りながら考えつづけた――起死回生の霊薬なる六神丸が、その製造の当初に於て、その存在の最大にして且つ、唯一の理由なる生命の回復、或は持続を、平然と裏切って、却って之を・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・然るに主人の口吻は常に家内安全を主とし質素正直を旨とし、その説教を聞けばすこぶる愚ならずして味あるが如くなれども、最大有力の御用向きかまたは用向きなるものに逢えば、平生の説教も忽ち勢力を失い、銭を費やすも勤めなり、車馬に乗るも勤めなり、家内・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・胸より最大なる勲章を外し特務曹長に渡す。特務曹長「これはどの戦役でご受領なされたのでありますか。」大将「印度戦争だ。」特務曹長「このまん中の青い所はほんもののザラメでありますか。」大将「ほんとうのザラメとも。」特務曹長「・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・各新聞は、最大の形容のことばをつかって、その番くるわせについて書きたてた。けれどもそれらの記事は、おちついて読むわたしたちに滑稽な、またいくらか腹だたしい感じをあたえた。なぜといえば、トルーマン再選を奇蹟的だの意外だのと書きながら、一方でそ・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・茶代の多少などは第二段の論にて、最大大切なるは、服の和洋なり。旅せんものは心得置くべきことなり。されど奢るは益なし、洋服にてだにあらば、帆木綿にてもよからん。白き上衣の、腋の下早や黄ばみたるを着たる人も、新しき浴衣着たる人よりは崇ばるるを見・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・これは写実の画にとってはその生気を失う最大の原因となるであろう。 川端氏の画は日本画としては確かに一つの新生面である。しかし同じ道においてすでにはるかに高い所を油絵が歩いているとすれば、せっかくの新生面も安んずるに足りない。氏がこの道の・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫