・・・換言すれば、月並みな陳套な正札付きの真実よりも、うそから出た誠にかえってより多くのより深き真実を見いだすこともありうるという意味で、こうした言葉を使っているのではないかと想像される。 この夫婦のように、深く相愛して愛におぼれず、堅く相信・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(※[#ローマ数字7、1-13-27])」
・・・たとえば水晶で作られたようなプランクトンがスクリーンいっぱいに活動しているのを見る時には、われわれの月並みの宇宙観は急に戸惑いをし始め、独断的な身勝手イデオロギーの土台石がぐらつき始めるような気がするであろう。不幸にしてこういう映画の、こと・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・説明を聞かされて事がらはわかったがどこがいいのか了解できなかったので、それは月並みじゃありませんかと悪口を言ったものであった。今考えてみるとやはりなかなか巧妙な句であると思う。 四 俳句がいわゆる「不易」なものの・・・ 寺田寅彦 「思い出草」
・・・そうした時に手帳をあけて自分の書いてある暗号のようなものを見ると、ほとんどなんの意味をも成さない囈語でなければ、きわめて月並みないやみな感想に過ぎなかった。どうしてこんなつまらない考えがあれほどに自分を興奮させたか不思議に思われるのであった・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・ そんな話をしているところへ、届けてきた月並を、お絹は菓子器に盛って、道太の前へ持ってきた。「お茶をいれましょうか」「そうね。何んだかんだと言って、毎日菓子ばかり食っているね」「ほんの少ししかあがらんじゃありませんか。このご・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・何か月並のような講釈をしてすみませんが、人間活力の発現上積極的と云う言葉を用いますと、勢力の消耗を意味する事になる。またもう一つの方はこれとは反対に勢力の消耗をできるだけ防ごうとする活動なり工夫なりだから前のに対して消極的と申したのでありま・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・った、ところがこの不意撃に驚いて車をかわす暇もなくもろくも余の傍で転がり落ちた、後で聞けば、四ツ角を曲る時にはベルを鳴すか片手をあげるか一通りの挨拶をするのが礼だそうだが、落天の奇想を好む余はさような月並主義を採らない、いわんやベルを鳴した・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・現にその選句を見ても時として極めて幼稚なる句あるいは時として月並調に近い句でさえも取ってある事がある。今少し進歩的研究的の精神が必要である。青々の句はしっかりして居って或点で縦横自在であるが、時としてあまり自己の好む処に偏してへんてこな・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・映画では気の毒な月並の手法で、長椅子にかけたまま宙を見つめるカッスル夫人の前に、幻の良人が庭園の並木の間を次第に彼方へ遠のきつつ独り踊ってゆく姿を出しているのである。それならそれでいいから、その幻の踊りの姿に我ともなく体をひき立てられ、どう・・・ 宮本百合子 「表現」
・・・独創的なところのある、富裕な教養たかいこの令嬢のまわりには、当然崇拝者の何人かが動いていたろうしまたどこの社会でも共通なように、彼女の両親の社会的な地位により多くの魅惑を感じている青年やその親たちが、月並のお世辞で彼女をとりまいてもいたであ・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
出典:青空文庫