・・・ちょうど見舞いに来合せていた、この若い呉服屋の主人は、短い口髭に縁無しの眼鏡と云う、むしろ弁護士か会社員にふさわしい服装の持ち主だった。慎太郎はこう云う彼等の会話に、妙な歯痒さを感じながら、剛情に一人黙っていた。 しかし戸沢と云う出入り・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・彼は赤い篝の火影に、古代の服装をした日本人たちが、互いに酒を酌み交しながら、車座をつくっているのを見た。そのまん中には女が一人、――日本ではまだ見た事のない、堂々とした体格の女が一人、大きな桶を伏せた上に、踊り狂っているのを見た。桶の後ろに・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・神聖月曜日にも聖ルフィノ寺院で式があるから、昨日のものとは違った服装をさせようという母の心尽しがすぐ知れた。クララは嬉しく有難く思いながらそれを着た。そして着ながらもしこれが両親の許しを得た結婚であったならばと思った。父は恐らくあすこの椅子・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・と笊を手にして、服装は見すぼらしく、顔も窶れ、髪は銀杏返が乱れているが、毛の艶は濡れたような、姿のやさしい、色の白い二十あまりの女が彳む。 蕈は軸を上にして、うつむけに、ちょぼちょぼと並べてあった。 実は――前年一度この温泉に・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ また髪は、何十度逢っても、姿こそ服装こそ変りますが、いつも人柄に似合わない、あの、仰向けに結んで、緋や、浅黄や、絞の鹿の子の手絡を組んで、黒髪で巻いた芍薬の莟のように、真中へ簪をぐいと挿す、何転進とか申すのにばかり結う。 何と絵蝋・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・家庭的美風は、人というものの肉体上精神上、実に根本問題を解決するの力がある、其美風を有せる歌人にあっては、此研究や自覚は遠き昔に於て結了せられたであろう、多くの人は晩食に臨で必ず容儀を整え女子の如きは服装を替えて化粧をなす等形式六つかしきを・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・晩年には益々昂じて舶来の織出し模様の敷布を買って来て、中央に穴を明けてスッポリ被り、左右の腕に垂れた個処を袖形に裁って縫いつけ、恰で酸漿のお化けのような服装をしていた事があった。この服装が一番似合うと大に得意になって写真まで撮った。服部長八・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・こんな長屋に親の厄介となっていたのだから無論気楽な身の上ではなかったろうが、外出ける時はイツデモ常綺羅の斜子の紋付に一楽の小袖というゾロリとした服装をしていた。尤も一枚こっきりのいわゆる常上着の晴着なしであったろうが、左に右くリュウとした服・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・そして、博奕打ちに特有の商人コートに草履ばきという服装の男を見ると、いきなりドンと突き当り、相手が彼の痩せた体をなめて掛ってくると、鼻血が出るまで撲り合った。 ある日、そんな喧嘩のとき胸を突かれて、げッと血を吐いた。新聞社にいたころから・・・ 織田作之助 「雨」
・・・あんなに若いのに金を溜めてどうするのだろう、ボロ家に住んでみすぼらしい服装をして、せっせと溜めてやがる、と軽蔑されていた。 ところが、その彼がある空襲のはげしい日、私に高利貸を紹介してくれという。「高利貸に投資するつもりか」私は皮肉・・・ 織田作之助 「鬼」
出典:青空文庫