・・・ この、秋はまたいつも、食通大得意、というものは、木の実時なり、実り頃、実家の土産の雉、山鳥、小雀、山雀、四十雀、色どりの色羽を、ばらばらと辻に撒き、廂に散らす。ただ、魚類に至っては、金魚も目高も決して食わぬ。 最も得意なのは、も一・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・露に光る木の実だ、と紅い玉を、間違えたのでございましょう。築山の松の梢を飛びまして、遠くも参りませんで、塀の上に、この、野の末の処へ入ります。真赤な、まん円な、大きな太陽様の前に黒く留まったのが見えたのでございます。私は跣足で庭へ駈下りまし・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・目覚める木の実で、いや、小児が夢中になるのも道理でござります。」と感心した様子に源助は云うのであった。 青梅もまだ苦い頃、やがて、李でも色づかぬ中は、実際苺と聞けば、小蕪のように干乾びた青い葉を束ねて売る、黄色な実だ、と思っている、こう・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・筧の水はいと清ければ、たとい木の実一個獲ずもあれ、摩耶も予も餓うることなかるべく、甘きものも酢きものも渠はたえて欲しからずという。 されば予が茸狩らむとして来りしも、毒なき味の甘きを獲て、煮て食わむとするにはあらず。姿のおもしろき、色の・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・何かねえ、小鳥の事か、木の実の話でもッておっしゃるけれど、どういっていいのか分らず、栗がおッこちるたって、私ゃ縁起が悪いもの。いいようがありません。それでなければ、治ってから片瀬の海浜にでも遊びにゆく時の景色なんぞ、月が出ていて、山が見えて・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・が、世間を思切って利慾を捨てた椿岳は、猿が木から木へと木の実を捜して飛んで行くように、金儲けから金儲けへと慾一方で固まるのを欲しなかった。 明治七、八年頃、浅草の寺内が公園となって改修された。椿岳の住っていた伝法院の隣地は取上げられて代・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・「お母さん、きっと、惜しくてたべなかったんですよ。」「ああ、そうかもしれません。」 美しい、赤い実を掌の上にのせて、ながめていた義雄さんは、なんの実だろうかと思いました。「お母さん、木の実でしょうか、草の実でしょうか?」と、・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・山の中へ入りゃ、草もあるし、水もあるし、木の実もあるし、遊んでいて楽に暮らしてゆけるじゃないか。そして、獣物の王さまにならないともかぎらないじゃないか。」と、おだてました。 牛は黙って、からすのいうことを聞いていましたが、なんとなくそれ・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・いろいろな木の実が紅く熟し、それが落ちてしまうと雪が降りました。そして、しばらくたつとまた、若草が芽をふいて、陽炎のたつ、春がめぐってきたのであります。 お城の内には、花が咲き乱れました。みつばちは太陽の上る前から、花の周囲に集まって、・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・草は驚いて、その黄金の溶けて流れたような光線を見ていますと、やがてその光は、赤い青木の実に燃えつきました。すると、さんごの珠のような実は、すきとおって見えるように、美しかったのです。草は、ただ、あ、あ、とため息をもらしているばかりでした。・・・ 小川未明 「小さな草と太陽」
出典:青空文庫