きむらいへえ【木村伊兵衛】
[1901〜1974]写真家。東京の生まれ。スナップ写真の名手として知られ、報道写真の新分野を開拓。
きむらき【木村毅】
[1894〜1979]文芸評論家・小説家。岡山の生まれ。明治文化研究会同人として、創作・翻訳・評論に幅広く活躍。日本フェビアン協会・日本労農党にも参加し、社会運動に関わる。著作に「小説研究十六講」「日米文学交流史の研究」など。
きむらきんじ【木村謹治】
[1889〜1948]ドイツ文学者。秋田の生まれ。東大教授。ゲーテの研究に努め、また、ドイツ語辞書を編纂 (へんさん) 。著「『若きゲーテ』研究」など。
きむらけんかどう【木村蒹葭堂】
[1736〜1802]江戸中期の文人。大坂の人。名は孔恭。通称、坪井屋吉右衛門。別号、巽斎 (そんさい) 。本草学・絵画・詩文を学び、書画骨董を収集。著「蒹葭堂日記」など。
きむらしげなり【木村重成】
[?〜1615]近世初期の武将。長門守 (ながとのかみ) 。豊臣秀頼に仕え、大坂冬の陣で奮戦。和議の使者として、見事な進退を見せたという。大坂夏の陣で戦死。 塚原渋柿園の歴史小説。明治40年(1907)刊。
きむらしょうのすけ【木村庄之助】
相撲行司の宗家。寛永年間(1624〜1644)、真田伊豆守 (さなだいずのかみ) の家臣であった中立羽左衛門 (なかだちうざえもん) が、江戸で勧進相撲を興行して行司になったのに始まり、3代目から改姓、以来代々木村庄之助を名乗る。現在では筆頭立行司 (たてぎょうじ) の名。
きむらしょうはち【木村荘八】
[1893〜1958]洋画家。東京の生まれ。岸田劉生とともにフュウザン会の結成に参加。のち春陽会会員として活躍。挿絵や随筆にもすぐれた。著「東京繁昌記」など。直木賞作家の木村荘十は異母弟に当たる。
きむらそうじゅう【木村荘十】
[1897〜1967]小説家。東京の生まれ。洋画家の木村荘八 (しょうはち) は異母兄に当たる。満州で新聞記者、出版社の経営を経験し、作家となる。正義感に満ちた大衆小説を執筆。「雲南守備兵」で直木賞受賞。他に「血縁」「嗤 (わら) う自画像」など。
きむらたいけん【木村泰賢】
[1881〜1930]仏教学者・インド哲学者。岩手の生まれ。東大教授。著「印度六派哲学」「阿毘達磨 (あびだつま) 論の研究」など。
きむらひさし【木村栄】
[1870〜1943]天文学者。石川の生まれ。岩手県奥州市の緯度観測所で緯度変化の観測に従事。明治35年(1902)、緯度変化の公式にZ項(木村項)を付加すべきことを提唱。文化勲章受章。