・・・芸術の境に未成品はない。大いなる完成品に至る途は、小なる完成品あるのみである。流行の大なる未成品のごときは、僕にとって、なんらの意味もない。○「煙草」の材料は、昔、高木さんの比較神話学を読んだ時に見た話を少し変えて使った。どこの伝説だか・・・ 芥川竜之介 「校正後に」
・・・この反感の反感から、私は、まだ未成品であったためにいろいろの批議を免れなかった口語詩に対して、人以上に同情をもつようになった。 しかしそのために、熱心にそれら新しい詩人の作を読むようになったのではなかった。それらの人々に同情するというこ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・味方、きょうは敵国のため、ただ労働神聖の主義をもって、その科学的な多能多才の応ずるところ、築城、建築、設計、発明、彫刻、絵画など――ことに絵画はかれをして後世永久の名を残さしめた物だが、ほとんどすべて未成品だ――を平気で、あせることなくやっ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・小説家としては未成の巨人であった。事業家としてドレほどの手腕があったかは疑問であるが、事を侶にした人の憶出を綜合して見ると相当の策もあり腕もあったらしく、万更な講釈屋ばかりでもなかったようだ。実をいうと実務というものは台所の権助仕事で、馴れ・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・画家の中には未成品を人に見られる事を厭がる人がずいぶん多いようであるが、これには無論種々な複雑な実際的の理由もあるに相違ない、しかしその外にやはり子供の時から既に有っている一種の妙な心理作用も手伝っている場合がありそうに思われた。 五人・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・この人の習作や沢山の未成の絵を並べて、そして一夜漬けの模造品を雑作もなく塗り上げる人達に見せるのもいいかと思う。 ジョコンダの絵と、ルウベンスの模写が出ている。模写の出来る絵と出来ない絵とがあるとすれば、この二つはその代表者だと思う。ジ・・・ 寺田寅彦 「二科会その他」
・・・しかし、こういう風に、いい加減なところで収まってしまわないで、何かしら煩悶しているような未成の絵は、やはり頼母しいという感じを起させる。不出来でも何でも、とにかく自分の絵を描こうとしているように見える。フランス人の画を見てすぐに要領を修得し・・・ 寺田寅彦 「二科会展覧会雑感」
・・・その実験は未了でその結果は未成品に過ぎないが、それにもかかわらずその大要をしるしてみたいと思うのである。 実験を始める前に私はまず自分の過去の経験を捜してみた。 いつだったか、印刷工がストライキをやって東京じゅうの新聞が休んだ事があ・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・自ら未成の旧稿について饒舌する事の甚しく時流に後れたるが故となすも、また何の妨があろう。 二 まだ築地本願寺側の僑居にあった時、わたしは大に奮励して長篇の小説に筆をつけたことがあった。その題も『黄昏』と命じて、発・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・最後の巻、即ち十七世紀の中頃から維新の変に至るまでの沿革は、今なお述作中にかかる未成品に過ぎなかった。その上去年の第一巻とこれから出る第三巻目は、先生一個の企てでなく、日本の亜細亜協会が引き受けて刊行するのだという事が分った。従って先生の読・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
出典:青空文庫