ある機会で、予は下に掲げる二つの手紙を手に入れた。一つは本年二月中旬、もう一つは三月上旬、――警察署長の許へ、郵税先払いで送られたものである。それをここへ掲げる理由は、手紙自身が説明するであろう。 第一の手・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・私の身は本年じゅうには解決はつくまいと覚悟しております。…… ああ! と私はまたしても深い嘆息をしないわけに行かなかった。まったく救われない地獄の娑婆だという気がする。死んで行った人、雪の中の監獄のT君、そして自分らだってちっとも幸福で・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
彼は永年病魔と闘いました。何とかしてその病魔を征服しようと努力しました。私も又彼を助けて、共にその病魔を斃そうと勉めましたが、遂に最後の止めを刺されたのであります。 本年二月二十六日の事です。何だか身体の具合が平常と違・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・例えば毒ガスの使用などでも適当な風向きの時を選ぶは勿論、その風向きが使用中に逆変せぬような場合を選ばなければならない。本年四月十日と五月十二日に独軍の使用した毒ガスは風向き急変のために却ってドイツ側へ飛んで行ったという記事がある。また四月英・・・ 寺田寅彦 「戦争と気象学」
・・・最初の興行より本年に到って早く既に九年を過ぎている。此の間に露西亜バレエの一座も亦来って其技を演じた。九年の星霜は決して短きものではない。西欧のオペラ及バレエが日本の演芸界に相応の感化を与えるには既に十分なる時間である。況や帝国劇場は西洋オ・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・禽獣界の奇いよ/\奇なりと言う可し。本年春の頃或る米国の貴婦人が我国に来遊して日本の習俗を見聞する中に、妻妾同居云々の談を聞て初の程は大に疑いしが、遂に事実の実を知り得て乃ち云く、自分は既に証明を得たれども、扨帰国の上これを婦人社会の朋友に・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・新女大学終左の一篇の記事は、女大学評論並に新女大学を時事新報に掲載中、福沢先生の親しく物語られたる次第を、本年四月十四日の新報に記したるものなり。本著発表の由縁を知るに足るべきを以て茲に附記することゝせり。 ・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・実は本年は不思議に実業志望が多ございまして、十三人の卒業生中、十二人まで郷里に帰って勤労に従事いたして居ります。ただ一人だけ大谷地大学校の入学試験を受けまして、それがいかにもうまく通りましたので、へい。」 全く私の予想通りでした。 ・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・そして、この現象は、本年のはじめ頃から日本の文学者の一部の間に特殊な傾向をもって強調されていた作家の社会性の拡大への要求、大人の文学への要求、国民の文学と称せられるものへの要求と根をつらねた文学的性格を具えている点においても、文学上相当の意・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・日本の女子教育はおくれているから、専門学校程度の勉強をするのは、これまでは中産階級の娘さんたちでした。本年ぐらいから、統計の上にもはっきり、専門学校を受験する女子学生の層がかわって、新円成金の娘さんがふえて来ています。普通の家庭の娘さんはア・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
出典:青空文庫