・・・一 女子が如何に教育せられて如何に書を読み如何に博学多才なるも、其気品高からずして仮初にも鄙陋不品行の風あらんには、淑女の本領は既に消滅したりと言う可し。我輩が茲に鄙陋不品行の風と記したるは、必ずしも其人が実際に婬醜の罪を犯したる其罪を・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・の一字は曙覧の本領にして、やがて『万葉』の本領なり。『万葉』の本領にして、やがて和歌の本領なり。我謂うところの「ありのままに写す」とはすなわち「誠」にほかならず。後世の歌人といえども、誠を詠め、ありのままを写せ、と空論はすれどその作るところ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 此処に、家庭の主婦として芸術に指を染めようとする者と、先ず芸術を本領とし、愛する者の伴侶であろうとする者との、截然岐るべき点がある。 福島からとりと云う五十歳ばかりの女中が来、自分の生活が一方にはっきりと重点を定めて仕舞うまで、今・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
・・・斎藤茂吉氏が「節の本領は和歌にあるが、子規の唱えた写生文から入って遂に小説を作るに至った。世に、写生文派の小説、ホトトギス派の小説というのは即ちそれである」と云っているのはこの消息を語るものである。 長塚節には、長篇「土」の前にいくつか・・・ 宮本百合子 「「土」と当時の写実文学」
・・・御臨終の砌、嫡子六丸殿御幼少なれば、大国の領主たらんこと覚束なく思召され、領地御返上なされたき由、上様へ申上げられ候処、泰勝院殿以来の忠勤を思召され、七歳の六丸殿へ本領安堵仰附けられ候。 某は当時退隠相願い、隈本を引払い、当地へ罷越候え・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・要は「人間の本領」を失わない事である。この決心のもとに虚栄と獣性と罪悪との渦巻く淵を彼岸に泳ぎ切る。若きダンテはビアトリースの弔いの鐘に胸を砕かれてこの淵に躍り入った。フロレンスの門の永久に彼に向かって閉じられてよりはさらに荒き浮世の波に乗・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫