・・・のみならずちょうど寝棺の前には若い本願寺派の布教師が一人、引導か何かを渡していた。 こう言う半三郎の復活の評判になったのは勿論である。「順天時報」はそのために大きい彼の写真を出したり、三段抜きの記事を掲げたりした。何でもこの記事に従えば・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 紫の雲の、本願寺の屋の棟にかかるのは引接の果報ある善男善女でないと拝まれない。が紅の霞はその時節にここを通る鰯売鯖売も誰知らないものはない。 深秘な山には、谷を隔てて、見えつつ近づくべからざる巨木名花があると聞く。……いずれ、佐保・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ この日の大火は、物見の松と差向う、市の高台の野にあった、本願寺末寺の巨刹の本堂床下から炎を上げた怪し火で、ただ三時が間に市の約全部を焼払った。 烟は風よりも疾く、火は鳥よりも迅く飛んだ。 人畜の死傷少からず。 火事の最中、・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 鼠の鍔をぐったりとしながら、我慢に、吾妻橋の方も、本願寺の方も見返らないで、ここを的に来たように、素直に広小路を切って、仁王門を真正面。 濡れても判明と白い、処々むらむらと斑が立って、雨の色が、花簪、箱狭子、輪珠数などが落ちた形に・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・草の庵でも、コンクリート建築の築地本願寺でも、アパートの三階でも信仰の身をおくことは随意である。そういう形の上に信仰の心があるのではない。モダンが好みならどんな超モダンでもいい、ただその中に包まれた信仰の心がないのがいけないのである。薄っぺ・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・雑誌『三田文学』を発売する書肆は築地の本願寺に近い処にある。華美な浴衣を着た女たちが大勢、殊に夜の十二時近くなってから、草花を買いに出るお地蔵さまの縁日は三十間堀の河岸通にある。 逢うごとにいつもその悠然たる貴族的態度の美と洗錬された江・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・ 二 まだ築地本願寺側の僑居にあった時、わたしは大に奮励して長篇の小説に筆をつけたことがあった。その題も『黄昏』と命じて、発端およそ百枚ばかり書いたのであるが、それぎり筆を投じて草稿を机の抽斗に突き込んでしまった・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・自分は阿弥陀仏の化身親鸞僧正によって啓示されたる本願寺派の信徒である。則ち私は一仏教徒として我が同朋たるビジテリアンの仏教徒諸氏に一語を寄せたい。この世界は苦である、この世界に行わるるものにして一として苦ならざるものない、ここはこれみな矛盾・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・自然科学の力は今日いながらアメリカで話す大統領の演説がきかれるほどの発達を示しているが、そのラジオは農民の借金の解決案のために放送はしない。本願寺の坊さんが今の世の中に生きていることは仮りの世であって死んでからこそ真実の世界に生きるのだから・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・この疑問は、天主堂から出て帰り途、若い二三人の娘が揃って御堂への坂を登って来るのに出会って一層はっきり私の心に起った。本願寺という寺の広間はこうもあろうかと思われる浦上天主堂の板の間の大柱の根に、薄穢く極りわるげにつくねられていた座布団ども・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
出典:青空文庫