・・・黒こげの材木が、積み木をひっくり返したように重なりあって、そこからけむりがくさいにおいといっしょにやって来た。そこいらが広くなって、なんだかそれを見るとおかあさんじゃないけれども涙が出てきそうだった。 半分こげたり、びしょびしょにぬれた・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・中には握飯を貰いて、ニタニタと打喜び、材木を負うて麓近くまで運び出すなどいうがあり。だらしのなき脊高にあらずや。そのかわり、遠野の里の彼のごとく、婦にこだわるものは余り多からず。折角の巨人、いたずらに、だだあ、がんまの娘を狙うて、鼻の下の長・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・新しく建て増した柱立てのまま、筵がこいにしたのもあり、足場を組んだ処があり、材木を積んだ納屋もある。が、荒れた厩のようになって、落葉に埋もれた、一帯、脇本陣とでも言いそうな旧家が、いつか世が成金とか言った時代の景気につれて、桑も蚕も当たった・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 自分は猛雨を冒して材木屋に走った。同業者の幾人が同じ目的をもって多くの材料を求め走ったと聞いて、自分は更に恐怖心を高めた。 五寸角の土台数十丁一寸厚みの松板数十枚は時を移さず、牛舎に運ばれた。もちろん大工を呼ぶ暇は無い。三人の男共・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・一同はワヤ/\ガヤ/\して満室の空気を動揺し、半分黒焦げになったりポンプの水を被ったりした商品、歪げたり破れたりしたボール箱の一と山、半破れの椅子や腰掛、ブリキの湯沸し、セメント樽、煉瓦石、材木の端片、ビールの空壜、蜜柑の皮、紙屑、縄切れ、・・・ 内田魯庵 「灰燼十万巻」
・・・「ダルガスよ、汝の預言せし材木を与えよ」といいてデンマークの農夫らは彼に迫りました。あたかもエジプトより遁れ出でしイスラエルの民が一部の失敗のゆえをもってモーセを責めたと同然でありました。しかし神はモーセの祈願を聴きたまいしがごとくにダルガ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
ある田舎の停車場へ汽車がとまりました。その汽車は、北の方の国からきて、だんだん南の方へゆくのでありました。どの箱にも、たくさんな荷物が積んでありました。どこかの山から伐り出されたのであろう、材木や掘り出された石炭や、その他いろいろなも・・・ 小川未明 「汽車の中のくまと鶏」
・・・そして、たくさんとってきて、材木の積み重ねてある、日のよく当たるところで遊んだのです。「白いのもあるし、紫色のもあるね。」「これは、緑色だろう。」「そう、こんな黒いのもあったよ。」 洋服のポケットや、前垂れのポケットの中にい・・・ 小川未明 「左ぎっちょの正ちゃん」
・・・俗に、河童横町の材木屋の主人から随分と良い条件で話があったので、お辰の頭に思いがけぬ血色が出たが、ゆくゆくは妾にしろとの肚が読めて父親はうんと言わず、日本橋三丁目の古着屋へばかに悪い条件で女中奉公させた。河童横町は昔河童が棲んでいたといわれ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・さりとて継母の提議に従って、山から材木を出すトロッコの後押しに出て、三十銭ずつの日手間を取る決心になったとして、それでいっさいが解決されるものとも、彼には考えられなかった。 初夏からかけて、よく家の中へ蜥蜴やら異様な毛虫やらがはいってき・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫