・・・ 彫刻部の列品は、もしか貰ったらさぞや困ることだろうと思うものが大部分であるが、工芸品の部には、もし沢山に金があったら買いたいと思うものが少しはある。 来年あたりから試しに帝展の各室に投票函を置き、「いけない」と思う絵を観客に自由に・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・そうなれば自身の寒がりのカメラもしばらく冬眠期に入って来年の春の若芽のもえ立つころを待つことになるであろう。 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・何処ということなく、道を歩いてふと小流れに会えば、何のわけとも知らずその源委がたずねて見たくなるのだ。来年は七十だというのにこの癖はまだ消え去らず、事に会えば忽ち再発するらしい。雀百まで躍るとかいう諺も思合されて笑うべきかぎりである。 ・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・わたくしは千住の大橋をわたり、西北に連る長堤を行くこと二里あまり、南足立郡沼田村にある六阿弥陀第二番の恵明寺に至ろうとする途中、休茶屋の老婆が来年は春になっても荒川の桜はもう見られませんよと言って、悵然として人に語っているのを聞いた。 ・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・それも夢のように消えて、自分一人になると、自由にならぬ方の考えばかり起ッて来て、自分はどうしても此楼に来年の四月まではいなければならぬか。平田さんに別れて、他に楽しみもなくッて、何で四月までこんな真似がしていられるものか。他の花魁のように、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・三冬の育教、来年の春夏に功を奏するか。いわく、否なり。少年を率いて学に就かしめ、習字・素読よりようやく高きに登り、やや事物の理を解して心事の方向を定むるにいたるまでは、速くして五年、尋常にして七年を要すべし。これを草木の肥料に譬うれば、感応・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・本屋へ話したが引き受けるという者はなし、友達から醵金するといっても今石塔がやっと出来たばかりでまた金出してくれともいえず、来年の年忌にでもなったらまた工夫もつくであろうという事であった。何だか心細い話ではあるがしかし遺稿を一年早く出したから・・・ 正岡子規 「墓」
・・・ところがいまにみんな暴れ出す。来年になるとあれがみんな二年生になっていい気になる。さ来年はみんな僕らのようになってまた新入生をわらう。そう考えると何だか変な気がする。伊藤君と行って本屋へ教科書を九冊だけとっておいてもらうように頼んでおいた。・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・何処となく薄ら時雨れた日、流石に自分もぬくぬくとした日向のにおいが恋しく感じられたのである。来年の花の用意に、怠りなく小さい芽を育てて居る蘭の鉢などを眺めながら、何心なく柱に倚って居ると、頻りに鳥籠が騒々しい。 障子が一枚無人の裡に開け・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・好く殖える奴で、来年は十位になりまさあ。」「そうかい。」 私は買って帰って、土鉢に少しばかり庭の土を入れて、それを埋めて書斎に置いた。 花は二三日で萎れた。鉢の上には袂屑のような室内の塵が一面に被さった。私は久しく目にも留めずに・・・ 森鴎外 「サフラン」
出典:青空文庫