・・・常子は夫を見つめたまま、震える声に山井博士の来診を請うことを勧め出した。しかし彼は熱心に細引を脚へからげながら、どうしてもその勧めに従わない。「あんな藪医者に何がわかる? あいつは泥棒だ! 大詐偽師だ! それよりもお前、ここへ来て俺の体・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 慎太郎は父や義兄と一しょに、博士に来診の礼を述べた。が、その間も失望の色が彼自身の顔には歴々と現れている事を意識していた。「どうか博士もまた二三日中に、もう一度御診察を願いたいもので、――」 戸沢は挨拶をすませてから、こう云っ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・夫が繁忙なれば之に代りて手紙往復の必要あり、殊に其病気の時など医師に容体を報じて来診を乞い薬を求むるが如き、妻たる者の義務なり。然るを如何なる用事あるも文を通わす可らずとは、我輩は之を女子の教訓と認めず、天下の奇談として一笑に附し去るのみ。・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・黒焼など薬剤学上に訳けの分らぬものを服用せしむ可らず、事急なれば医者の来るまで腰湯パップ又は久しく通じなしと言えば灌腸を試むる等、外用の手当は恐る/\用心して施す可きも、内服薬は一切禁制にして唯医者の来診を待つ可し。或は高き処から落ちて気絶・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・また医者も通院を禁止して来診しています。昨年十二月末からまだ外出せず面会も制限されています。半年以上散歩のための外出もしない状態は、自己満足というにあまり遠い事情です。もしわたしが自己満足してこたつにあたって暮す気分ならば、この肉体的な悪条・・・ 宮本百合子 「文学について」
出典:青空文庫