・・・塗笠、檜笠、竹子笠、菅の笠。松茸、椎茸、とび茸、おぼろ編笠、名の知れぬ、菌ども。笠の形を、見物は、心のままに擬らえ候え。「――あれあれ、」 女山伏の、優しい声して、「思いなしか、茸の軸に、目、鼻、手、足のようなものが見ゆる。」・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・芝茸、松茸、しめじ、松露など、小笹の蔭、芝の中、雑木の奥、谷間に、いと多き山なれど、狩る人の数もまた多し。 昨日一昨日雨降りて、山の地湿りたれば、茸の獲物さこそとて、朝霧の晴れもあえぬに、人影山に入乱れつ。いまはハヤ朽葉の下をもあさりた・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・小半町行き、一町行き……山の温泉の町がかりの珍しさに、古道具屋の前に立ったり、松茸の香を聞いたり、やがて一軒見附けたのが、その陰気な雑貨店であった。浅い店で、横口の奥が山のかぶさったように暗い。並べた巻紙の上包の色も褪せたが、ともしく重ねた・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 彼女の家には、蕨や、いたどりや、秋には松茸が、いくらでも土の下から頭をもちあげて来る広い、樹の茂った山があった。「山なしが、山へ来とるげ……」 部落の子供達が四五人、或は七八人も、手籠を一つずつさげて、山へそう云うものを取りに・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ その一つは私が大変赤い着物を着て松茸がりに山に行った、香り高い茸がゾクゾクと出て居るので段々彼方ちへ彼方へと行くと小川に松の木の橋がかかって居た、私が渡り終えてフット振向とそれは大蛇でノタノタと草をないで私とはあべこべの方へ這って行く・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ これあるかな松茸飯に豆腐汁。昼はこれ。 M氏来。もう御昼はすみました。でもまあ一膳召しあがれよ。二度目の御昼だが美味かったそうだ。結構。皆おいしがったから、さだ嬉しがって満面ニコニコなり。 平八郎の絵、朝顔がよかった帝展には大・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
松茸の出るころになるといつも思い出すことであるが、茸という物が自分に対して持っている価値は子供時代の生活と離し難いように思われる。トルストイの確か『戦争と平和』だったかにそういう意味で茸狩りの非常に鮮やかな描写があったと思う。 自・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫