・・・が、思わぬかくし事に懐姙したか、また産後か、おせい、といううつくしい女一人、はかなくなったか、煩ろうて死のうとするか、そのいずれか、とフト胸がせまって、涙ぐんだ目を、たちまち血の電光のごとく射たのは、林間の自動車に闖入した、五体個々にして、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 円福寺の方丈の書院の床の間には光琳風の大浪、四壁の欄間には林間の羅漢の百態が描かれている。いずれも椿岳の大作に数うべきものの一つであるが、就中大浪は柱の外、框の外までも奔浪畳波が滔れて椿岳流の放胆な筆力が十分に現われておる。 円福・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・また暑中休暇の期間だけ、閑静な処にて自然に親しませることは、虚弱な児童等にとって必要なことである。林間学校、キャンプ生活、いずれも理想的なるに相違ないが、それには、費用のかゝることであり、無産者の子供は、加わることができない。要は、適当なる・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・ もしこの事、単にわが空漠たる信念なりとするも、わが心この世の苦悩にもがき暗憺たる日夜を送る時に当たりて、われいかにしばしば汝に振り向きたるよ、ああワイの流! 林間の逍遙子よ、いかにしばしばわが心汝に振り向きたるよ! しかしてわれ今、再・・・ 国木田独歩 「小春」
ずっと前の事であるが、或人から気味合の妙な談を聞いたことがある。そしてその話を今だに忘れていないが、人名や地名は今は既に林間の焚火の煙のように、何処か知らぬところに逸し去っている。 話をしてくれた人の友達に某甲という男があった。そ・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・そのほか公園なぞの森の中に、林間学校がいくつかひらかれていましたが、そこへかようことの出来る子たちは、全部から見ればほんの僅少な一部分にすぎませんでした。 政府は東京や、その他の被害地を再興するために復興院という役所を設けました。東京市・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・そうして九月上旬にもう一度行ったときに、温泉前の渓流の向こう側の林間軌道を歩いていたらそこの道ばたにこの花がたくさん咲き乱れているのを発見した。 星野滞在中に一日小諸城趾を見物に行った。城の大手門を見込んでちょっとした坂を下って行く・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・舗道をあるくルンペンの靴音によって深更のパリの裏町のさびしさが描かれたり、林間の沼のみぎわに鳴く蛙や虫の声が悲劇のあとのしじまを記載するような例がそれである。 このような音のモンタージュは俳諧には普通である。有名な「古池やかわず飛び込む・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・軽井沢の町や新軽井沢の林間を歩いていて行き会う都人士は、みんななんとなく新軽井沢らしい顔と服装とをしている。若い女どうしは近よりながら、互いに用心深くお互いを偵察し合いながら行き違う。そうして何かしら小さな観察をし小さな発見をすることによっ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・鮭が林間の小河に上って来たり、そこへ熊が水を飲みに来ていた頃を想像するのは愉快である。北海道では、今でもまだ人間と動植物が生存競争をやっていて、勝負がまだ付いていないという事は札幌市内の外郭を廻っても分る。天孫民族が渡って来た頃の本土のさま・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
出典:青空文庫