・・・ お供の、奴の腰巾着然とした件の革鞄の方が、物騒でならないのであった。 果せるかな。 小春凪のほかほかとした可い日和の、午前十一時半頃、汽車が高崎に着いた時、彼は向側を立って来て、弁当を買った。そして折を片手に、しばらく硝子窓に・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・この逸話の載った当日の新聞を読んだ時、誰が書いたか知らぬがツマラヌ事を書いたもんだと窃に鴎外の誤解を恐れた。果せる哉、鴎外は必定私が自己吹聴のため、ことさらに他人の短と自家の長とを対比して書いたものと推断して、怫然としたものと見える。 ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・それで支店長の責任が果せると思うのか。そんなありさまだから、成績があがらぬのだと、不意に逆ねじをくわせる。なお、売上台帳を調べて、難癖をつけるのだ。 例えば、背に腹はかえられず、困窮のあまり、つい台帳をごまかしたり、売上金を費消している・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 家人を相手に言ったのは、何気なく出た冗談だったが、ふと思えば、前代未聞の言論の束縛を受けたあと未曾有の言論の自由が許された今日、永い間の念願も果せるわけだった。 しかし、公判記録を読んでからもう三年になる。三年の歳月は私の記憶を薄・・・ 織田作之助 「世相」
・・・と呟き、大急ぎで帰っていった。果せるかな、その夜から微熱が出て、きのうは寝たり起きたり、けさになっても全快せず、まだ少し頭が重いそうで蒲団の中で鬱々としている。あまり、人の作品の悪口を言うと、こんな具合いに風邪をひくものである。「いかが・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ おれの考えは少々違っていた。果せるかな、使は包みを一つ取り出して、それをおれに渡すのである。 門番はこう云った。「勲章でございましょう。銀の勲章でございましょう。これから二つ目の横町を右へお曲がりになる所の角へお持ちになりますと。・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・祈るべき神に交際の無い拙者だから、ただあてどもなく祈念した。果せるかないっこう霊現がない。ちっとも客が来ない。「夏目さん、あなたの御存じの方でいらしっていただく方はありますまいか」「さよう、実に御気の毒だから周旋したいのだが、倫敦には別に朋・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・しかし果せるかな何もする事がないのです。 それを説明するためには、それまでの私というものを一応お話ししなければならん事になります。そのお話がすなわち今日の講演の一部分を構成する訳なのですからそのつもりでお聞きを願います。 私は大学で・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
出典:青空文庫