・・・ 十二社あたりへ客の寄るのは、夏も極暑の節一盛で、やがて初冬にもなれば、上の社の森の中で狐が鳴こうという場所柄の、さびれさ加減思うべしで、建廻した茶屋休息所、その節は、ビール聞し召せ枝豆も候だのが、ただ葦簀の屋根と柱のみ、破の見える床の・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 不図そう思って、そっと民子の方を見ると、お増が枝豆をあさってる後に、民子はうつむいて膝の上に襷をこねくりつつ沈黙している。如何にも元気のない風で夜のせいか顔色も青白く見えた。民子の風を見て僕も俄に悲しくなって泣きたくなった。涙は瞼を伝・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・その鮮やかな色の傍には掛茶屋めいた家があって、縁台の上に枝豆の殻を干したまま積んであった。木槿かと思われる真白な花もここかしこに見られた。 やがて車夫が梶棒を下した。暗い幌の中を出ると、高い石段の上に萱葺の山門が見えた。Oは石段を上る前・・・ 夏目漱石 「初秋の一日」
・・・ おみちは餅の三いろ、あんのと枝豆をすってくるんだのと汁のとを拵えてしまって膳の支度もして待っていた。嘉吉は楊子をくわいて峠へのみちをよこぎって川におりて行った。それは白と鼠いろの縞のある大理石で上流に家のないそのきれいな流れがざあざあ・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・ 家に帰って、厩の前から入って行きますと、お爺さんはたった一人、いろりに火を焚いて枝豆をゆでていましたので、亮二は急いでその向う側に座って、さっきのことをみんな話しました。お爺さんははじめはだまって亮二の顔を見ながら聞いていましたが、お・・・ 宮沢賢治 「祭の晩」
・・・どうぞして気を鎮めたいものだと思って欲しくもない枝豆をポチポチ食べながら今度の病気の原因を話し合ったりした。不断から食の強い児で年や体のわりに大食した上に時々は見っともない様な内所事をして食べるので私が来る前頃胃拡張になって居た。胃から来た・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
出典:青空文庫