・・・そして庭の隅々からは枯草や落葉を燬く烟が土臭いにおいを園内に漲らせていた。 わたくしは友を顧みて、百花園を訪うのは花のない時節に若くはないと言うと、友は笑って、花のいまだ開かない時に看て、又花の既に散ってしまった後来り看るのは、杜樊川が・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・夕陽は堤防の上下一面の枯草や枯蘆の深みへ差込み、いささかなる溜水の所在をも明に照し出すのみか、橋をわたる車と人と欄干の影とを、橋板の面に描き出す。風は沈静して、高い枯草の間から小禽の群が鋭い声を放ちながら、礫を打つようにぱっと散っては消える・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・鳥は俄かに羽をすぼめて、石ころみたいに、枯草の中に落ちては、またまっすぐに飛びあがります。タネリも、つまずいて倒れてはまた起きあがって追いかけました。鳥ははるかの西に外れて、青じろく光りながら飛んで行きます。タネリは、一つの丘をかけあがって・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・それにおれは野原でおかしな風に枯草を積んだ荷馬車に何べんもあってるんだ。ファゼーロ、お前ね、なんにも知らないふりして今夜はうちへ帰って寝ろ。おれはきっと五六日のうちにポラーノの広場をさがすから。」「そうかい。ぼくにはよくわからないなあ。・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ そして諒安はとうとう一つの平らな枯草の頂上に立ちました。 そこは少し黄金いろでほっとあたたかなような気がしました。 諒安は自分のからだから少しの汗の匂いが細い糸のようになって霧の中へ騰って行くのを思いました。その汗という考から・・・ 宮沢賢治 「マグノリアの木」
〔冒頭原稿数枚なし〕「ふん。こいつらがざわざわざわざわ云っていたのは、ほんの昨日のようだったがなあ。大抵雪に潰されてしまったんだな。」 それから若い木霊は、明るい枯草の丘の間を歩いて行きました。 丘の窪みや皺に、・・・ 宮沢賢治 「若い木霊」
・・・道の両側の枯草が、ガサガサ気味の悪い音をたてて、電線がブーン、ブーンと綿を打つ時に出る様な音をたててうなる。 何の曲りもない一本道だけに斯うした天気の日歩くのは非常に退屈する。 いつもいつも下を見てテクテク神妙に歩く栄蔵も、はてしな・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・何でも松平さんの持地だそうであったが、こちらの方は、からりとした枯草が冬日に照らされて、梅がちらほら咲いている廃園の風情が通りすがりにも一寸そこへ入って陽の匂う草の上に坐って見たい気持をおこさせた。 杉林や空地はどれも路の右側を占めてい・・・ 宮本百合子 「からたち」
枯草のひしめき合うこの高原に次第次第に落ちかかる大火輪のとどろきはまことにおかすべからざるみ力と威厳をもって居る。 燃えにもえ輝きに輝いた大火輪はその威と美とに世のすべてのものをおおいながらしずしずと凱歌を奏しながらこ・・・ 宮本百合子 「小鳥の如き我は」
・・・ まだ新らしい生々とした香りの高そうな木の切り株が短かい枯草の中から頭を出して居る。何でもない事の様で有りながら小雨にぬれてひやっこそうに光りながら皮をぬいだ杉の幹が横たわって居るのと淋しそうにたよりなさそうにして居るあまたの切り株には・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
出典:青空文庫