・・・足をかわすたびにポクリ、ポクリと、足くびまでうずめる砂ほこりが、尻ばしょりしている毛ずねまで染める。暑い午下りの熱気で、ドキン、ドキンと耳鳴りしている自分を意識しながら歩いている。その眼路のはるかつきるまで、咽喉のひりつくような白くかわいた・・・ 徳永直 「白い道」
・・・跛で結伽のできなかった大燈国師が臨終に、今日こそ、わが言う通りになれと満足でない足をみしりと折って鮮血が法衣を染めるにも頓着なく座禅のまま往生したのも一例であります。分化はいろいろできます。しかしその標準を云うとまず荘厳に対する情操と云うて・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・生える白髪を浮気が染める、骨を斬られりゃ血が染める。と高調子に歌う。シュシュシュと轆轤が回わる、ピチピチと火花が出る。「アハハハもう善かろう」と斧を振り翳して灯影に刃を見る。「婆様ぎりか、ほかに誰もいないか」と髯がまた問をか・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
盛岡の産物のなかに、紫紺染というものがあります。 これは、紫紺という桔梗によく似た草の根を、灰で煮出して染めるのです。 南部の紫紺染は、昔は大へん名高いものだったそうですが、明治になってからは、西洋からやすいアニリ・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・「ぼくはねえ、センダードのまちの革を染める工場へはいっていたよ。」「センダード。どうしてあんなとこまで行ったんだ。そして今夜またぼくにセンダードへ行けというのかい。」「そうじゃないよ。」「ではどうなんだ。第一どうしてあんなと・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 少女小説に筆を染める人々は丁度大学の教授よりも、小学校の教師の方が責任が重いと同じ様に、大した作をする人々よりも一層の注意と責任と思慮が必要なんです。 そして文筆も必して商売的でなくみっちりと重味のある考え深いしまった調子で書かな・・・ 宮本百合子 「現今の少女小説について」
・・・ツァーの砲火の下に罪なく無智な労働者、女、子供の血が雪を染める間、ゴーリキイは大衆に混ってこの歴史的殺戮の証人となった。戦慄すべき記録「一月九日」はかくて書かれた。引きつづいてロシアの各地に勃発した人民殺戮に対する抗議のストライキの間、ゴー・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・そしてその方向から朝日が昇って来ては帆を染めると、喇叭のひびきが聞えて来た。私はこの街が好きであった。しかし私はこの大津の街にもしばらくよりいられなかった。再び私は母と姉と三人で母の里の柘植へ移らねばならなかった。父が遠方の異国の京城へ行く・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫