・・・純粋な昔ふうのいわゆる草木染めで、化学染料などの存在はこの老人の夢にも知らぬ存在であった。この老人の織ったふとん地が今でもまだ姉の家に残っているが、その色がちっともあせていないと言って甥のZが感嘆して話していた。 いつであったか、銀座資・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・化学的染料塗料色素等に関する著書はずいぶんたくさんにあるが、古来のシナ墨、それは現在でもまだかなりに実用に供されているあの墨の詳しい製法を書いたものは容易に見つからない。昔の随筆物なども物色してみたし、古書展覧会などもあさって歩いたがやっぱ・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・しかし、逆にまた、今の近代嬢の髪を切りつめ眉毛を描き立て、コティーの色おしろいを顔に塗り、キューテックの染料で爪を染め、きつね一匹をまるごと首に巻きつけ、大蛇の皮の靴を爪立ってはき歩く姿を昔の女の眼前に出現させたらどうであったか。やはり相当・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ こんな話をしているうちにも私の連想は妙なほうへ飛んで、欧州大戦当時に従来ドイツから輸入を仰いでいた薬品や染料が来なくなり、学術上の雑誌や書籍が来なくなって困った事を思い出した。そしてドイツ自身も第一にチリ硝石の供給が断えて困るのを、空・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・しかしある人はまた戦争のために染料が欠乏したからよんどころなくあんな物ばかり製造しているのだとも言った。もしこの二人のいう事がどちらもほんとうであるとすると、われわれの趣味や好尚は存外外面的な事情によって自由に簡単に支配されうるものだと思う・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ある時たまたま逢った同窓と対話していた時に、その人の背後の窓から来る強い光線が頭髪に映っているのを注意して見ると、漆黒な色の上に浮ぶ紫色の表面色が或るアニリン染料を思い出させたりした。 またある日私の先輩の一人が老眼鏡をかけた見馴れぬ顔・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・それはアメリカの若い大学生や勤労婦人たちは特にそういう人々の生活にふさわしい、よく洗濯のきく丈夫な、色のさめないように特別な染料で染めた服地を持っているということが書かれていました。このことはたった二行か三行の記事であったけれども、わたした・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・これまでは、刺繍だの金銀泥が好きなだけつかえて、染料の不足もなかったから、玄人とすればいろいろ技法を補い誇張する手段があった。ところが、統制になって、そういう補助の手段が減って来たために、専門家は愈々純粋の染色技術で行かなければならなくなっ・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
出典:青空文庫