・・・唄ってくれと言われて、紅燃ゆる丘の花と校歌をうたったのだが、ふと母親のことを頭に泛べると涙がこぼれた。学資の工面に追われていた母親のことが今はじめて胸をちくちく刺した。その泪だった。そんな豹一を見て、女は、センチメンタルなのね。肩に手を掛け・・・ 織田作之助 「雨」
・・・早慶戦のあった金曜日の夕方例によって友人と新宿の某食堂で逢って連句をやろうと思っていると、○大学の学生が大勢押しかけて来て、ビールを飲んで卓を叩いて校歌を唄い出した。喧騒の声が地下室に充ちて向き合っての話声も聞取れなくなった。「一体勝って騒・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・みんなは校歌をうたっている。けむりの影は波にうつって黒い鏡のようだ。津軽半島の方はまるで学校にある広重の絵のようだ。山の谷がみんな海まで来ているのだ。そして海岸にわずかの砂浜があってそこには巨きな黒松の並木のある街道が通っている。少し大きな・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・「ご挨拶に麻生農学校の校歌を歌うのです。そら、一、二、三、」先生は手を振りはじめました。生徒たちは高く高く私の学校の校歌を歌いはじめました。私は全くよろよろして泣き出そうとしました。誰だっていきなり茨海狐小学校へ来て自分の学校の校歌を狐・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
出典:青空文庫