・・・親戚の家にあった為永春水の「春色梅暦春告鳥」という危険な書物の一部を、禁断の木の実のごとく人知れず味わったこともあった。一方ではゲーテの「ライネケ・フックス」や、それから、そのころようやく紹介されはじめたグリムやアンデルセンのおとぎ話や、「・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・田舎の親戚へ泊まっている間に「梅暦」をところどころ拾い読みした記憶がある。これらの読み物は自分の五体の細胞の一つずつに潜在していた伝統的日本人をよびさまし明るみへ引き出すに有効であった。「絵本西遊記」を読んだのもそのころであったが、これはフ・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・同時にまた、教科書の間に隠した『梅暦』や小三金五郎の叙景文をば目の当りに見る川筋の実景に対照させて喜んだ事も度々であった。 かかる少年時代の感化によって、自分は一生涯たとえ如何なる激しい新思想の襲来を受けても、恐らく江戸文学を離れて隅田・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・それがめずらしく形を現したのは、梅暦の千藤である。千葉の藤兵衛である。 当時小倉袴仲間の通人がわたくしに教えて云った。「あれは摂津国屋藤次郎と云う実在の人物だそうだよ」と。モデエルと云う語はこう云う意味にはまだ使われていなかった。 ・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫