・・・全体大切な児童を幾百人と集るのだもの、丈夫な上に丈夫に建るのが当然だ。今日一つ原に会ってこの新聞を見せてやらなければならん」「無闇な事も出来ますまいが、今度の設計なら決して高い予算じゃ御座いませんよ、何にしろあの建坪ですもの、八千円なら・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 二階の女の姿が消えると間もなく、下の雨戸を開ける音がゴトゴトして、建付の曲んだ戸が漸と開いた。「オヤ好い月だね、田川さんお上がんなさいよ」という女は今年十九、歳には少し老けて見ゆる方なるがすらりとした姿の、気高い顔つき、髪は束髪に・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・法の建てなおしと、国の建てなおしとが彼の使命の二大眼目であり、それは彼において切り離せないものであった。彼及び彼の弟子たちは皆その法名に冠するに日の字をもってし、それはわれらの祖国の国号の「日本」の日であることが意識せられていた。彼は外房州・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・赤い煉瓦の三階建だった。露西亜の旅団司令部か何かに使っていたのを占領したものだ。廊下へはどこからも光線が這入らなかった。薄暗くて湿気があった。地下室のようだ。彼は、そこを、上等兵につれられて、垢に汚れた手すりを伝って階段を登った。一週間ばか・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・新しい二階建だった。電燈が室内に光っていた。田舎の取り散らしたヤチのない家とは全く様子が異っていた。おしかはつぎのあたった足袋をどこへぬいで置いていゝか迷った。「あの神戸で頼んだ行李は盗まれやせんのじゃろうかな?」お茶を一杯のんでから、・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・壮んなるものどもはそのために奔り廻りて暇なく、かつはまた高砂石見せまいらする導せんとて川中に下り立ち水に浸りなどせんは病を惹くおそれもあれば、何人か敢て案内しまいらせん、ましてその路に当りて仮の病院の建てられつれば、誰人も傍を過ぎらんをだに・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・四方の建物が高いので、サン/\とふり注いでいる真昼の光が、それにはとゞいていない。それは別に奇妙な草でも何んでもなかったが――自分でも分らずに、それだけを見ていたことが、今でも妙に印象に残っている。理窟がなく、こんなことがよくあるものかも知・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・今ある自分の書斎――その建物だけを、先生はこの鉱泉側に移そうという話を大尉にした。 対岸に見える村落、野趣のある釣橋、河原つづきの一帯の平地、遠い近い山々――それらの眺望は先生方を悦ばせた。日あたりの好いことも先生方を悦ばせた。この谷間・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・古い木造の陰気くさい二階建のアパートである。キヌ子の部屋は、階段をのぼってすぐ突当りにあった。 ノックする。「だれ?」 中から、れいの鴉声。 ドアをあけて、田島はおどろき、立ちすくむ。 乱雑。悪臭。 ああ、荒涼。四畳・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・大きい大きい沼を掻乾して、その沼の底に、畑を作り家を建てると、それが盆地だ。もっとも甲府盆地くらいの大きい盆地を創るには、周囲五、六十里もあるひろい湖水を掻乾しなければならぬ。 沼の底、なぞというと、甲府もなんだか陰気なまちのように思わ・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
出典:青空文庫