・・・こう敷石があって、まん中に何だか梧桐みたいな木が立っているんです。両側はずっと西洋館でしてね。ただ、写真が古いせいか、一体に夕方みたいにうすぼんやり黄いろくって、その家や木がみんな妙にぶるぶるふるえていて――そりゃさびしい景色なんです。そこ・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・ それはこの島の名産の、臭梧桐と云う物じゃぞ。こちらの魚も食うて見るが好い。これも名産の永良部鰻じゃ。あの皿にある白地鳥、――そうそう、あの焼き肉じゃ。――それも都などでは見た事もあるまい。白地鳥と云う物は、背の青い、腹の白い、形は鸛にそっ・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 庭は一隅の梧桐の繁みから次第に暮れて来て、ひょろ松檜葉などに滴る水珠は夕立の後かと見紛うばかりで、その濡色に夕月の光の薄く映ずるのは何とも云えぬすがすがしさを添えている。主人は庭を渡る微風に袂を吹かせながら、おのれの労働が為り出した快・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・それからまた低気圧が来て風が激しくなりそうだと夜中でもかまわず父は合羽を着て下男と二人で、この石燈籠のわきにあった数本の大きな梧桐を細引きで縛り合わせた。それは木が揺れてこの石燈籠を倒すのを恐れたからである。この梧桐は画面の外にあるか、それ・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・最初に軒端の廻燈籠と梧桐に天の河を配した裏絵を出したら幸運にそれが当選した。その次に七夕棚かなんかを出したら今度は見事に落選した。その後子規に会ったとき「あれはまずい、前のと別人のようだと不折が云っていた」と云われた。その後に冬木立の逆様に・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
・・・ 日足を擾して、一羽、梧桐の葉かげから、彼方の屋根に飛びうつった。ちちくくとせわしく鳴く。 又、一羽来て、今度は隣の庭にある、何に使うのか滑らかそうな材の頂上に止った。 二かたまり、流れる白雲と青空とを背にして、雀は、嘗て見たど・・・ 宮本百合子 「傾く日」
秋の景色○曇り日 日曜。ちっとも風がない。 ○すっかり黄色くなった梧桐の葉、 ○その落葉のひっかかっている槇の木の枝 ○きのうの雨でまだしめっぽく黒く見えている庭木の幹。 離れの方から・・・ 宮本百合子 「情景(秋)」
・・・柔い若葉をつけたばかりの梧桐はかぜにもまれ、雨にたたかれた揚句、いきなりかっと照る暑い太陽にむされ、すっかりぐったりしおれたようになって、澄んだ空の前に立って居る。 六月の樹木と思えない程どす黒く汚く見えた。 六月二十四・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
・・・形よく往来の梧桐が葉を出した。 前々夜見た自動車に轢かれた犬。吠えたかった数匹。○隣の大工仕事、 こわした家、新しく建てる家 六月二十五日から林町に来る スーラーブ進む 七月七日 妙に寒い日 腸をこわ・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
習慣になっているというだけの丁寧なものごしで、取次いだ若い女は、「おそれいりますが少々おまち下さいませ」と引下って行った。 土庇が出ている茶がかった客間なので、庭の梧桐の太い根元にその根をからめて咲き出ている山茶花・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
出典:青空文庫