・・・そこで、一文にもならないのならば、彼等は棄権する。二里も三里もを往って帰れば半日はつぶしてしまうからだ。 金を貰えば、それは行く。五十銭でもいゝ。只よりはましだ。しかし、もっとよけい、二円でも三円でも、取れるだけ取っておきたい。取ってや・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・いつか須田町で乗換えたときに気まぐれに葉巻を買って吸付けたばかりに電車を棄権して日本橋まで歩いてしまった。夏目先生にその話をしたら早速その当時書いていた小説の中の点景材料に使われた。須永というあまり香ばしからぬ役割の作中人物の所業としてそれ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・三 人種の発達と共にその国土の底に深くも根ざした思想の濫觴を鑑み、幾時代の遺伝的修養を経たる忍従棄権の悟りに、われ知らず襟を正す折しもあれ。先生は時々かかる暮れがた近く、隣の家から子供のさらう稽古の三味線が、かえって午飯過ぎ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・どうも六百からの棄権ですからな。」 なんて云っている人もあり一方ではそろそろ大切な用談がはじまりかけました。「ええと、失礼ですが山男さん、あなたはおいくつでいらっしゃいますか。」「二十九です。」「お若いですな。やはり一年は三・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・また、何度、どうせ棄権さ、という言葉をきかされて来たであろう。選挙準備の期間を通じて、新聞が報じたのは、選挙に対する一般の気のりうす、低調ということであった。 ところが、いよいよ結果が検べられてみると、先ず棄権率が非常にすくなかったこと・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・婦人は自覚、向上して、棄権しないように、という忠言もあちらこちらで聞かれる。けれども、率直にそれら二千百六十八万人の婦人の感想を求めたら、彼女たちの何割が果して今日における日本の女性の責任として、自分たちが急に与えられた権利を理解しているだ・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
選挙が迫って来ている。人の気質によっては、こういうことに大して心をひかれないたちのものもある。そういう人は、これまで余り選挙などに熱中しないで、時には棄権もして来たかもしれない。信用出来もしない候補者に投票なんかしたくない・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
総選挙はひとまず終った。 気づかわれていた婦人の棄権も案外にすくなく、棄権は全国平均して二割七分七厘。婦人候補者の四割八分は当選して二十八歳から六十六歳まで三十九名の婦人代議士が当選した。今回の総選挙で計四六四名の代議・・・ 宮本百合子 「春遠し」
出典:青空文庫