・・・木田は、棒切れで砂の上に字をかきながら、「ああ、お父さんと川へいって釣ってきたんだ。こんど、君もいっしょにゆかない?」と、いきいきとした顔を上げたのであります。「いつか、つれていっておくれよ。君のお父さん、釣るのはうまい?」「な・・・ 小川未明 「すいれんは咲いたが」
・・・ 手に太い棒切れを持ってあたりをきょろきょろ見回していましたが、フト石垣の上を見上げた時、思わず二人は顔を見合わしました。子供はじっと私の顔を見つめていましたが、やがてニヤリと笑いました。その笑いが尋常でないのです。生白い丸顔の、目のぎ・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・そういう性質からして、工場へ一歩足を踏みこむと、棒切れ一ツにでも眼を見はっていた。細かく眼が働く特別な才能でも持っているらしい。 彼は与助には気づかぬ振りをして、すぐ屋敷へ帰って、杜氏を呼んだ。 杜氏は、恭々しく頭を下げて、伏目勝ち・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ ところが、おそく、――一時すぎに――帰ってきて、棒切れを折って投げつけるように不機嫌なことがあるのだ。吉原には訳が分らなかった。多分ふられたのだろう。 すると、あくる日も不機嫌なのだ。そして兵卒は、叱りつけられ、つい、要領が悪いと・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・蛇にとっては亀は石ころと同様であり、亀にとっては蛇は動く棒切れとえらぶところがないらしい。二つの動物の利害の世界は互いに切り合わない二つの層を形成している。従って敵対もなければ友愛もない。 王蛇とガラガラ蛇との二つの世界は重なり合ってい・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ とにかく、見る眼の相違で同じものの長短遠近がいろいろになったり、二本の棒切れのどちらが定規でどちらが杓子だか分らなくなったりするためにこの世の中に喧嘩が絶えない。しかし、またそのおかげで科学が栄え文学が賑わうばかりでなく、批評家といっ・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・大きい炭取りくらいの大きさの竹かごを棒切れの先に引っかけたのを肩にかついで、跛を引き歩きながら「丸葉柳は、山オコゼは」と、少し舌のもつれるような低音で尻下がりのアクセントで呼びありくのであった。舌がもつれるので「山オコゼは」が「ヤバオゴゼバ・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・だが、汽車にまで棒切れを持ち込みゃしないぜ、附近の山林に潜んだ形跡がある、か。ヘッヘッ、消防組、青年団、警官隊総出には、兎共は迷惑をしたこったろうな。犯人は未だ縛につかない、か。若し捕ってりゃ偽物だよ。偽物でも何でも捕えようと思って慌ててる・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ ヴィクトリア公園の池でほっぺたのこけた顔色わるい子供達は玩具がないから脚で水をバジャバジャ蹴ったり、棒切れで仲間に水をはねかしたりした。笑わず遊んだ。大人みたいな様子の女の児の白い下着の裾が水に濡れた。垢じんでるところを濡れたので尻の・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫