・・・り、元来この二十貫目の婆さんはむやみに人を馬鹿にする婆さんにして、この婆さんが皮肉に人を馬鹿にする時、その妹の十一貫目の婆さんは、瞬きもせず余が黄色な面を打守りていかなる変化が余の眉目の間に現るるかを検査する役目を務める、御役目御苦労の至り・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・ セコンドメイトは、私と並んで、私が何を眺めているか検査でもするように、私の視線を追っかけていた。 私は左の股に手をやって、傷から来た淋巴腺の腫れをそうっと撫でた。まるで横痃ででもあるかのように、そいつは痛かった。 ――横痃かも・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・ セイラーが、乗船する時には、厳密な体格検査がある。が、船が出帆する時には、何にもない。 船のために、又はメーツの使い方のために、労働者たちが、病気になっても、その責任は船にはない。それは全部、「そんな体を持ち合せた労働者が、だらし・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ 浮世風呂に浮世の垢を流し合うように、別世界は別世界相応の話柄の種も尽きぬものか、朋輩の悪評が手始めで、内所の後評、廓内の評判、検査場で見た他楼の花魁の美醜、検査医の男振りまで評し尽して、後連とさし代われば、さし代ッたなりに同じ話柄の種・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・一身一家の不始末はしばらくさしおき、これを公に論じても、税の収納、取引についての公事訴訟、物産の取調べ、商売工業の盛衰等を検査して、その有様を知らんとするにも、人民の間に帳合法のたしかなる者あらざれば、暗夜に物を探るが如くにして、これに寄つ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・ オオビュルナン先生はしずかに身を起して、その手紙を持って街に臨んだ窓の所に往って、今一応丁寧に封筒の上書を検査した。窓の下には幅の広い長椅子がある。先生は手紙をその上に置いて自身は馬乗りに椅子に掛けた。そして気の無さそうに往来を見卸し・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ ネネムは急いでその通りしますとその黄色な幽霊は、屈んで片っ方の目をつぶって、足さきがりんごの木の根とよくそろっているか検査したあとで云いました。「いいか。ハンムンムンムンムン・ムムネ市の入口までは、丁度この足さきから六ノット六チェ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・みんな調べうけるんですか? ――そうです。みんな検査する。そのガラスがこわれたから我々二人で十一ルーブリ払わなけりゃならないんです。あなたの方のは犯人がつかまって書類が廻ったからいいが…… これで分った。一昨日食堂車へわたるデッキの・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・ふと私は民間自動車のラジオは許されていず、その設備のある新車体はセットをはずして車体検査を受けねばならぬという事実を想い起し、改めて悠々と走り去るラジオ自動車を眺めた。 宮本百合子 「或る心持よい夕方」
・・・アウシュコルンは自分で願って身躰の検査を求めた。手帳らしきものも見いだされなかった。 ついに市長は大いに困ってその筋に上申して指揮を仰ぐのほかなしと告げて席を立った。 この事件のうわさはたちまち広まった。老人が役所を出ずるや、人々は・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫