・・・さらけ出された閨房は彼女の哀れさの極まりであったが、同時に喜劇であった。少くとも人々は笑った。戯画を見るように笑った。私は笑えなかったが、日本の春画がつねにユーモラスな筆致で描かれている理由を納得したと思った。「リアリズムの極致なユーモ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・私はこうして会費も持たずに引張られてきた自分を極まり悪く思いながら、女中に導かれて土井の後から二階へあがった。そして電灯を消した暗い室に立った大勢の人たちの後ろに、隠れるように立った。マグネシュウムがまた二三度燃やされた。それから電灯がつい・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・と、その顔は、なにか極まり悪気な貌に変わってゆきました。「なんでもないんです」 澄んだ声でした。そして微笑がその口のあたりに漾いました。 私とK君とが口を利いたのは、こんなふうな奇異な事件がそのはじまりでした。そして私達はその夜・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・それを極まり悪そうにもしないで、彼の聞くことを穏やかにはきはきと受け答えする。――信子はそんな好もしいところを持っていた。 今彼の前を、勝子の手を曳いて歩いている信子は、家の中で肩縫揚げのしてある衣服を着て、足をにょきにょき出している彼・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ますます奥深く分け入れば村窮まりてただ渓流の水清く樹林の陰より走せ出ずるあるのみ。帰路夕陽野にみつ』 自分は以上のほかなお二、三編を読んだ。そしてこれを聴く小山よりもこれを読む自分の方が当時を回想する情に堪えなかった。 時は忽然とし・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・およそ一町あまりにして途窮まりて後戻りし、一度旧の処に至りてまた右に進めば、幅二尺ばかりなる梯子あり。このあたり窟の内闊くしてかえって物すさまじ。梯の子十五、六ばかりを踏みて上れば、三十三天、夜摩天、兜率天、とうりてんなどいうあり、天人石あ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・それを行って見ずに、ぐずぐずしていて、朝夕お極まりに涌き上がって来る、悲しい霧を見ているのである。実に退屈である。ドリスがいかに巧みに機嫌を取ってくれても、歓楽の天地の閾の外に立って、中に這入る事の出来ない恨を霽らすには足らない。詰まらない・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・既に根本が此処で極まりさえすれば、他の設備は殆んど装飾に過ぎない。。余は政府が文芸保護の最急政策として、何故にまず学校教育の遠き源から手を下さなかったかを怪むのである。それほど大仕掛の手数を厭う位なら、ついでに文芸院を建てる手数をも厭った方・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・醜極まりて奇と称すべし。 数百年来の習俗なれば、これを酷に咎むるは無益の談に似たれども、今の日本は、これ日本国中の日本にあらずして、世界万国に対する文明世界中の日本なれば、いやしくも日本の栄誉を重んずる士人においては、少しく心する所のも・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫