・・・自分も陳列所前の砂道を横切って向いの杉林に這入るとパノラマ館の前でやっている楽隊が面白そうに聞えたからつい其方へ足が向いたが丁度その前まで行くと一切り済んだのであろうぴたりと止めてしまって楽手は煙草などふかしてじろ/\見物の顔を見ている。後・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・パノラマ館には例によって人を呼ぶ楽隊の音面白そうなれば吾もまた例によって足を其方へ運ぶ。また右手の小高き岡に上って見下ろせば木の間につゞく車馬老若の絡繹たる、秋なれども人の顔の淋しそうなるはなし。杉の大木の下に床几を積み上げたるに落葉やゝ積・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・調子の合わない広告の楽隊が彼方此方から騒々しく囃し立てている。人通りは随分烈しい。 けれども、電車の中は案外すいていて、黄い軍服をつけた大尉らしい軍人が一人、片隅に小さくなって兵卒が二人、折革包を膝にして請負師風の男が一人、掛取りらしい・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ ただの楽隊だったんだい。 ただその音が、野原を通って行く途中、だんだん音がかすれるほど、花のにおいがついて行ったんだ。 白い四角な家も、ゆっくりゆっくり中へはいって行ってしまった。 中では何かが細い高い声でないた。 人・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・もっとも狸の子はゆうべ来て楽隊のまねをして行ったがね。ははん。」ゴーシュは呆れてその子ねずみを見おろしてわらいました。 すると野鼠のお母さんは泣きだしてしまいました。「ああこの児はどうせ病気になるならもっと早くなればよかった。さっき・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ 一郎がまたすこし行きますと、一本のぶなの木のしたに、たくさんの白いきのこが、どってこどってこどってこと、変な楽隊をやっていました。 一郎はからだをかがめて、「おい、きのこ、やまねこが、ここを通らなかったかい。」とききました・・・ 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」
・・・ ネネムは、検事と一緒に中へはいりました。楽隊が盛んにやっています。ギラギラする鋼の小手だけつけた青と白との二人のばけものが、電気決闘というものをやっているのでした。剣がカチャンカチャンと云うたびに、青い火花が、まるで箒のように剣から出・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・そのとき楽隊が何か民謡風のものをやりはじめました。みんなはまた輪になって踊りはじめようとしました。するとデストゥパーゴが、「おいおい、そいつでなしにあのキャッツホイスカーというやつをやってもらいたいね。」 すると楽隊のセロをもった人・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 店々で呼び合う声と広告旗、絵看板、楽隊の響で、せまい団子坂はさわぎと菊の花でつまった煙突のようだった。白と黒の市松模様の油障子を天井にして、色とりどりの菊の花の着物をきせられた活人形が、芳しくしめっぽい花の香りと、人形のにかわくささを場内・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・の節の楽隊をきいた。あとになって銀座へ出たら、その提灯行列のながれが、灯った提灯をふりかざしながら幾人も歩いていて、どれも背広姿の若い男たちであった。なかに蹌踉とした足どりの幾組かもあって、バンザーイ、バンザーイといいながら、若い女のひとの・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
出典:青空文庫