・・・裂目を洩れて斜めに大理石の階段を横切りたる日の光は、一度に消えて、薄暗がりの中に戸帳の模様のみ際立ちて見える。左右に開く廻廊には円柱の影の重なりて落ちかかれども、影なれば音もせず。生きたるは室の中なる二人のみと思わる。「北の方なる試合に・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・アークライトが緑の茂みを打ち抜いて、複雑な模様を地上に織っていた。ビールの汗で、私は湿ったオブラートに包まれたようにベトベトしていた。 私はとりとめもないことを旋風器のように考え飛ばしていた。 ――俺は飢えてるんじゃないか。そして興・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・一 身の荘も衣裳の染色模様抔も目にたゝぬ様にすべし。身と衣服との穢ずして潔なるはよし。勝て清を尽し人の目に立つ程なるは悪し。只我身に応じたるを用べし。 身の装も衣裳の染色模様なども目に立たぬようにして唯我身に応じたる・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・壁の貼紙は明色、ほとんど白色にして隠起せる模様及金箔の装飾を施せり。主人クラウヂオ。(独窓の傍に座しおる。夕陽夕陽の照す濡った空気に包まれて山々が輝いている。棚引いている白雲は、上の方に黄金色の縁を取って、その影は灰色に見えている。・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・その顔が始終目について気になっていけないので、今度は右向きに横に寐ると、襖にある雲形の模様が天狗の顔に見える。いかにもうるさいと思うてその顔を心で打ち消して見ると、襖の下の隅にある水か何かのしみがまた横顔の輪廓を成して居る。仕方がないから試・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・ 歩哨はスナイドル式の銃剣を、向こうの胸に斜めにつきつけたまま、その眼の光りようや顎のかたち、それから上着の袖の模様や靴のぐあい、いちいち詳しく調べます。「よし、通れ」 伝令はいそがしく羊歯の森のなかへはいって行きました。 ・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・春の花は一ぱいに咲き満ちてしずかな日光はこまっかい木々の葉の間から模様の様になって地面をてらして居る。あまったるい香りがただよって居るおだやかな景色。三人の精霊がねころんだり、木の幹によっかかったりしてのんきらしくしゃべって居る。小・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・白い縫い模様のある襟飾りを着けて、糊で固めた緑色のフワフワした上衣で骨太い体躯を包んでいるから、ちょうど、空に漂う風船へ頭と両手両足をつけたように見える。 これらの仲間の中には繩の一端へ牝牛または犢をつけて牽いてゆくものもある。牛のすぐ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・色々に邪魔をする物のある秀麿の室を、物見高い心から、依怙地に覗こうとするように、窓帷のへりや書棚のふちを彩って、卓の上に幅の広い、明るい帯をなして、インク壺を光らせたり、床に敷いてある絨氈の空想的な花模様に、刹那の性命を与えたりしている。そ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ペルシャの鹿の模様は暫く緞帳の襞の上で、中から突き上げられる度毎に脹れ上って揺れていた。「陛下、お気をお鎮めなさりませ。私はジョセフィヌさまへお告げ申すでございましょう」 緞帳の間から逞しい一本の手が延びると、床の上にはみ出ていた枕・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫